近年、経済のグローバル化に伴い、日本企業の海外進出も増加するなど、公認会計士にも世界で活躍する能力が必要とされつつある。グローバルで活躍する公認会計士には何が必要なのか?
CaN Internationalの代表である大久保昭平氏へのインタビューを通じて、そのヒントに迫ります。
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大久保 昭平(おおくぼ しょうへい)
CaN International Group 代表 公認会計士
【経歴】
1980年、高知市生まれ。2002年、公認会計士2次試験合格。2003年、新日本監査法人(現新日本有限責任監査法人)入所。マネージャーとして国内外の様々な業種の大手企業に対して会計監査及びコンサルティング業務を行う。2010年、シンガポールに渡りSCS Global Groupに参画。現地監査法人のパートナーとして会計監査、財務デューデリジェンス、各種コンサルティング業務に従事。2011年、SCS Global Financial Advisory Pte. Ltd.設立に伴い代表取締役就任。クロスボーダーM&A、シンガポールIPO、国際税務、海外進出、事業戦略等に係るコンサルティングを行う。2012年、日本に帰国しCaN International Group設立、代表に就任。
シンガポールでの就職
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オーストラリアでの就職を諦め、フィリピンに向かった大久保氏は、そこでSCS Globalグループのシンガポールの監査法人へと就職を決め、シンガポールに移住することとなる。
当時を振り返り大久保氏はこう語ってくれた。
「当時は、更に海外で働きたいといった気持ちが強くなっていたため、国際会計事務所であるSCS Globalで職を得た時には凄くうれしかったのを覚えています。
前職への就職にはすごく縁があり、フィリピンで滞在していた寮の運営者が偶然にも自分と同じ大学の卒業生で、グループの存在を教えてくれたことから応募につながりました。その後、就職面接の2週間後にはシンガポールで仕事を始めていました。」
Deferred Tax Assetの意味もわからない…英語力ゼロからのスタート
シンガポールに渡った大久保氏は、現地監査法人のマネージャーとしてキャリアをスタートする。
当時の監査法人では、スタッフは全て外国人、日本人は大久保氏ひとりであった。そこで真っ先にぶつかった壁はやはり英語によるコミュニケーションや文書読解だったという。
「シンガポールでの最初の2ヶ月くらいは本当に大変でした。前職の監査法人での経験から、監査手法や会計基準(IFRS)については問題なかったのですが、USCPAを持っているわけでも、日本で海外リファードワークに従事していたわけでもなかったため基本的な会計・監査英語ですらわかりませんでした。そのため、“what is deferred tax asset(繰延税金資産)?” “What is Qualified opinion(限定付適正意見)?” などと言い出す始末で、ローカルスタッフもこいつは大丈夫かと思ったと思います。
そういった状況下で、ローカルマネージャーから、“Shohei 今日は午後このクライアントに行くからこの資料読んでおいて” と膨大な量の書類を渡されるわけですからこっちも必死でした。」
しかし、持ち前のパーソナリティと日本での会計監査実務経験によって、その状況を乗り越え、英文資料の読解や基本的コミュニケーションなどは2ヶ月もしないうちになんとかこなせるようになったという。これについては、特に、素晴らしいローカルメンバーに恵まれたことが幸運だったと大久保氏が語ってくれたのが印象的であった。
そして、大久保氏はその後、監査法人のパートナーへと就任する。
FASの立ち上げ、東南アジアで監査会計士の枠を超えた経験から得たもの
監査法人でのパートナー業務は監査実務だけではなく、経営方針の決定や組織のマネジメントなど、刺激的で学びの多いものであったという。
そんな中、東南アジアにおいて急速にM&Aアドバイザリー業務のニーズが増加していたため、このニーズに対応すべく、大久保氏はFASの会社をシンガポールで立ち上げることとなる。
コンサルティングの真の面白さに気づく
当初、「もう会計や監査、コンサルティングをすることはないだろう」との思いで海外に出た大久保氏であったが、監査法人での経験を経て、M&Aのアドバイザリー、デューデリジェンスやバリュエーション、シンガポール市場への上場支援、海外進出に係る事業計画立案の支援など様々な業務に取り組むに連れ、コンサルティングの面白さにはまっていったという。
いち経営者によるコンサルティングといった観点
また、FASや監査法人の事業運営を行うことによって、会計やファイナンスの専門家や公認会計士としてではなく、経営者の観点からコンサルティングサービスを行っていくことの付加価値も感じるようになっていった。
それは、彼自身がコンサルティングサービスを提供する組織の経営者であり、公認会計士としてではなく、経営者としてコンサルティング事業を展開しているといったものであった。サービスや専門性を重視するのはもちろん、経営者としてコンサルティングサービスを提供した方が本当の意味でクライアントのニーズに対応できるのではないだろうか、という考えからである。
「自身の役割として、サービスの提供のみでなく、マネジメントとして組織を運営するためには、営業や人材採用などの組織体制整備も重要な業務です。また、サービスの提供にあたっては、事業エリアが海外全体であったため、複数国においてその都度最適なチーム体制を組成するわけですが、各国間の調整も行う必要があります。顧客以外の交渉相手や金融機関、外部専門家とのやりとりも発生します。また、会社の方向性やビジネスプランの中身にまで話が及ぶこともあります。そういった状況の中では、専門家としての視点のみでなく、経営者としての視点が求められます。当事者意識といったものにも近いかもしれませんね。
このような経験から、自分が関与するコンサルティングに関しては“公認会計士や専門家が行うコンサルティング”ではなく事業家が行うコンサルティングであり、コンサルタントがたまたま公認会計士の資格を持っているといった方が近いように思います。CaNグループを立ち上げ、グループの海外戦略の推進や運営を実施している今はそれがより強くなっていると感じます。海外関連サービスを提供するために自分で資金や人を出し、時には海外現地専門家と提携交渉をするなど、その経験自体が顧客に対して深みをもったコンサルティングサービスを提供する源泉になっているのではないかと思います。」
そう語る大久保氏の言葉は力強い。
そして2012年、大久保氏は独立し、自身のファームである“CaN International”を起ち上げる。
日本の公認会計士がグローバルで活躍するために必要なこと
現在、CaN Internationalの拡大のために以前にも増して忙しい日々を送る大久保氏であるが、これまでの経験からグローバルで日本の公認会計士が活躍するために必要なことをあげてもらった。
監査法人にいる間に監査業務にしっかりと取り組むべき
大久保氏は特に若手公認会計士には、監査経験を大切にして欲しいと語る。
監査法人を飛び出してキャリアを積む場合、どの役職で監査法人を退職するかは年齢や希望進路によって異なってくるが、大久保氏は、できればインチャージを経験し、クライアントやプロジェクトをハンドリングできることが重要だという。
これはむしろ、大企業の監査を担当している若手にこそ意識して欲しいという。
例えば、大手監査法人で大企業の担当になると、1日中仕訳を見ていたり、エクセルと格闘していたりするなどごく一部の業務しか経験できないことも多く、クライアントの全体像が見えないとの悩みを抱える若手会計士もいるだろう。全体を見渡せる中小規模の企業の監査を担当している同期が羨ましく見えることもあるだろうし、また、短期的に見れば中小規模の企業の監査を担当している方が会計士としての成長は速いかもしれない。
しかし、大久保氏は、自身の経験や海外で出会ってきた多くの会計士との付き合いから、大企業の監査を本当の意味でハンドルできるようになれば会計士としての深みも増すと感じているという。大企業の監査では得てして、多くの関係者のスケジュールの調整が必要であり、上場企業の経理部長や役員、そして、時には社長といった優秀な人達を相手にディスカッションをこなし、するべき主張をしながら、利害を調整して落とし所を見つけ、ビジネスを取りまとめていくといった能力が求められる。そこでは会計・監査知識だけでなく、高いレベルでのコミュニケーション能力や調整能力が必要であるためである。海外ビジネスでは、関与者が複数にわたり、その国籍も様々であることが多く、そのような複雑な人間関係を調整していくことが成否を分けることとなることも多いという。そこで大企業向けのきめ細やかな対応や調整能力が生きるというのだ。
また、海外ではクライアント企業の格が会計士の格に通ずるというような風潮もあるようで、案件受注にあたって、トラックレコードは最重要項目の一つとされる。また、日本と比較して相対的に大手会計事務所出身の会計士のブランドが高い傾向にあるという。
グローバルでの多様性に対する深い理解
また、大久保氏はグローバルでの多様性に対する深い理解の重要性を挙げてくれた。
近年、会計やファイナンスの世界でもクロスボーダーディールが増加しているため、公認会計士にも海外の税制や会計、法制度に関する知識が求められている。しかし、そういった専門知識だけでなく、現地における現場感覚を身につけられるかどうかが公認会計士やコンサルタントとしての力量を分けるのではないかと大久保氏は言う。
「アジアでのM&Aを例に挙げると、新興国では成長率が年5~8%といった経済環境下において急速に市場形成が行われているケースも多く、現地企業を買収する際に、1年で売上が2倍にも3倍にもなる相手と交渉することはよくあります。そういった環境では企業価値評価の一般的なロジックが通用しないケースも多く、また、基本合意書や契約書の締結ひとつとっても、日本人とは交渉の仕方や考え方、落とし所、時間軸なども違うため、交渉が簡単に進まないことも多々あります。
アジアは欧米と違って経済やファイナンスに対する理解が未成熟と言われていますが、新興国のカウンターパートは欧米と比較しても実は甘くありません。実際に欧米の多国籍企業であっても、新興国でのM&Aを成功させる難易度は高いと言われています。激しい交渉の中では当然、こちらも引けない点については粘り強く主張していく必要があります。また、買収後のことも考えながら、こちらが100%満足できる条件を求めるだけではなく、相手の経営陣や従業員の心情やモチベーションを考慮しつつ、相手の主張をどこまで受け入れるべきなのか、といったことを考えるバランス感覚も重要となります。
M&Aのスキームや専門知識は本を読めば学べますが、M&Aはそもそもビジネス上の必要性から行われるものであり、会計や財務はあくまでその中の一部分にすぎません。そういった意味では、公認会計士といえども、真の意味でビジネスの現場を見据えたコンサルティングを行っていくには、現地のビジネス環境を把握するために、相手国の国民性や文化や風習についても理解することが重要です。いろいろな国を訪れ、現地の人達と会話し、その国の文化を理解することによって、人としてコンサルタントとして幅が出てくると思います。」
事業家としてチャレンジし続けていきたい
最後に大久保氏は、自身の将来や今後のコンサルティング業界について以下のように語ってくれた。
「マーケットの状況が激変する中で、場合によっては従前のビジネスやマーケットがなくなることもありえます。世界がITといったツールを得、ソフト面・ハード面での物流網の整備が急速に進む中で、経済のグローバルベースでのボーダレス化はより進んでおり、日本のみではなく、世界にアンテナを張る必要性が増しています。
このように世界の不確実性は増しており、これまであった産業が10年後にどうなっているかは予測できない時代になってきました。中国・韓国・台湾勢の台頭による日本の半導体産業やテレビ産業の衰退、技術革新による写真フィルムや音楽CD産業などの産業自体の大幅縮小、携帯電話産業に見られるような特定企業のイノベーションによる市場シェアや顧客消費の移り変わりなど、ここ数年での急速な産業変化には枚挙にいとまがありません。かつてのトップ企業の衰退を当時予測できた人はほとんどいなかったのではないかと思います。このように、現時点で将来のことを予測することは非常に困難な時代であると言えます。
しかし、グローバルベースで経済環境が急速に変化し、特定の産業やビジネスがなくなったり、新しい技術にリプレイスされたりしようとも、世界における国家といった利害対立・調整単位の構造は50年や100年でなくなることはありえません。また、ビジネス自体がなくなるような社会も近い未来ではこないでしょう。このように世界において法律・税制、また、ビジネスというものが存在する限り、コンサルティングという産業はなくならないと思っています。
例えば、世界はどんどんボーダレス化していますが、各国における税制や外資規制などは規制緩和と細則の発行による一進一退の結果、むしろ複雑化している側面もあります。OECD等の機関やEU、TPP等の取り組みは各国調整を行う方向にあるわけですが、各国の思惑はより複雑なものとなっています。また、個別企業のグローバルベースでの複雑なスキームや企業活動に対して各国の税務当局は課税に対して躍起になっており、いたちごっこの状況が続いています。よって、コンサルティングサービスもこれまでよりも一層クロスボーダー間を考慮したものに成長させなければなりません。
このようにビジネスや規制環境が複雑高度化すればするほど、それをアドバイスするプロフェッショナルの存在意義は増しますし、ビジネスがドラスティックに変化する時代だからこそ、そこにコンサルティングの必要性が生じます。あとは、こうした劇的に変化する環境にコンサルタント自身がキャッチアップしていけるかどうかです。このように大きく変化する時代に合わせて成長し続けられることがコンサルタントの醍醐味ではないでしょうか。
私も、今はCaN International グループの日本の事業基盤を固めるために日本に居住していますが、数年後にはまた海外での事業展開にもチャレンジしたいです。リスクを取れなくなった時、新たなことにチャレンジできなくなった時に成長は止まると考えています。」
大久保氏のチャレンジはまだ始まったばかりだ。
<終>
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