オリンパスの粉飾決算、いわゆるオリンパス事件は、2011年にリリースされたある記事が発端となり、明るみに出ました。
そして、その2ヶ月後に、当時社長を務めていたマイケル・ウッドフォード氏が解任されます。解任理由について、オリンパスはマイケル・ウッドフォード氏が日本の風土に合わなかったと説明する一方で、マイケル・ウッドフォード氏は過去の企業買収でオリンパスに過大な支出があったと主張し、争いが始まります。
その後、オリンパスに対して、海外では、英重大不正捜査局(SFO)、米連邦捜査局(FBI)、米証券取引委員会(SEC)、国内では、証券取引等監視委員会、日本公認会計士協会、金融庁など、様々な機関が一斉に調査や捜査を開始します。
そして粉飾事件の全貌が明らかとなり、現・旧取締役や監査役、監査人(監査法人)やオリンパスに対して、数多くの訴訟が提訴され、会計や監査に関する各種規制に対しても大きな影響を与えることとなりました。
このオリンパス事件に関しては、2011年の事件発覚から2020年に最高裁判決が確定するまでの10年間について現在まで、数多くの記事や書籍等がリリースされています。
本記事では、膨大な記事や参考資料を元に、以下の5つの視点でオリンパス事件の全貌をまとめてみました。
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目次
- オリンパス事件の経緯を時系列で追う
- オリンパス事件のスキームと論点
- 経営者、オリンパス、監査法人等、事件関係者たちのそれぞれの顛末
- オリンパス事件が与えた影響(監査や会計に関する規制への影響)
- オリンパス事件に関連する書籍
注記
本記事では登場する法人について以下の表記を使用しています。
- オリンパス株式会社 → 「オリンパス」
- 新日本有限責任監査法人(現・EY新日本有限責任監査法人) → 「新日本監査法人」または「新日本」
- 有限責任あずさ監査法人 → 「あずさ監査法人」または「あずさ」
1.オリンパス事件の経緯を時系列で追う
第1章の「オリンパス事件の経緯を時系列で追う」では、
-
- オリンパスの経営方針と、運用損失の発生(1985年~1990年代)
- 時価評価主義による損失表面化を回避するために「損失分離スキーム」を実行(1997年~2000 年)
- 新規事業展開を「損失解消スキーム」として利用(2003年~2011年)
- 記事がリリースされた直後の解任劇。元社長が企業買収について証言(2011年)
- オリンパスと元役員を続々と提訴。2020年に最高裁判決が確定(2011年~2020年)
の5節に分けて、どのような流れで事件が起きたのか解説します。
Ⅰ.オリンパスの経営方針と、運用損失の発生(1985年~1990年代)
1985年、急速な円高で大幅に営業利益が減少する中、当時社長だった下山敏郎氏が財テクを重要な経営戦略と位置づけて、金融資産の積極的運用に乗り出しました。
ところが1990年にバブル経済が崩壊したことで、金融資産の運用損失が増大し始めます。
損失を取り戻そうと、ハイリスク・ハイリターンの金融商品に手を出したことで、金融資産の運用損失はさらに膨れ上がり、1990年代後半には1,000億円をやや下回るほど巨額なものとなりました。
Ⅱ.時価評価主義による損失表面化を回避するために「損失分離スキーム」を実行(1997年~2000年)
1997年から1998年にかけて、金融資産の会計処理が時価評価主義に転換する動きが本格化し始めます。ですが、時価評価が適用されると、巨額の運用損失が一気に表面化することになります。
それを避けるために、ファンドを作ってオリンパスが保有している含み損のある金融商品をファンドに移し、オリンパスの決算書から金融資産の運用損失を切り離す「損失分離スキーム」を画策し、実行に移していきました。
Ⅲ.新規事業展開を「損失解消スキーム」として利用(2003年~2011年)
受け皿ファンドへの含み損の分離が完了し、次にオリンパスは口座担保貸付けにより調達した資金の返済や、ファンドへ出資した資金の償還が必要になりました。
そこで、ファンドが安価に購入したベンチャー企業の株式をオリンパスが高額で買い取り、あるいは大型のM&A案件に対してファンドに手数料等を支払うなどの方法により資金を流し、その資金を還流させて受け皿ファンド等の債権債務を整理しながら、最終的にオリンパスが預金の払い戻しや出資の償還が受けられるようにしました。
その際にオリンパスが余分に支払う金額はのれんとして資産化し、段階的に費用化して解消していくことを考えました。
(Ⅰ~Ⅲの参考文献:調査報告書要約版PDF(オリンパス株式会社第三者委員会 2011年12月6日付))
Ⅳ.記事がリリースされた直後の解任劇。元社長が企業買収について証言(2011年)
オリンパスの粉飾決算が明るみ出るきっかけとなった記事といえば、FACTA ONLINEの記事です。
不可解と言えばこれほど不可解な話もあるまい。本業とは縁遠い小さなベンチャー企業を08年3月期に3社まとめて700億円近くで買って子会社化し、翌年にはほぼその全額をこっそり減損処理している。
FACTA ONLINEでは、700億円近くのM&Aに潜む粉飾の兆候を示唆しています。
そして、この約2ヶ月後に当時社長だったマイケル・ウッドフォード氏が、突然解任されます。
オリンパスの社長を14日付で解任されたマイケル・ウッドフォード氏は、17日までに一部海外報道機関に「過去の企業買収で過大な支出があったと指摘したことが解任の要因」と話した。
解任されたマイケル・ウッドフォード氏が、過去の企業買収について証言したことで、国内外の捜査機関が、一斉にオリンパスの粉飾決算の捜査を開始しました。
Ⅴ.オリンパスと元役員を続々と提訴。2020年に最高裁判決が確定(2011年~2020年)
2011年11月10日付で、オリンパスの現旧取締役と監査役らが、株主から提訴されました。
オリンパスは10日、同社監査役が過去と現在の一部取締役を相手に約1,394億円の支払いを求める訴えを起こすよう求めた提訴請求書を個人株主から受け取ったと発表した。対象は過去と現在の一部の取締役計21人。
これを皮切りに、同年11月14日には、オリンパスの米預託証券(ADR)購入者が、オリンパスとマイケル・ウッドフォード元社長(現取締役)、菊川剛元会長、高山修一社長に対して集団訴訟を提訴するなど、オリンパスと現旧役員に対して、続々と訴訟が提起されました。
旧経営陣に対しては、2020年10月に東京高裁で判決が確定し、オリンパス粉飾事件をめぐる一連の訴訟が終了しました。
2.オリンパス事件のスキームと論点
オリンパス事件で使用されたスキームの概要は、
①受け皿ファンドを作り、
②ファンドが融資を受けて資金を確保し、
③ファンドがオリンパスから損失が出ている金融資産を簿価で買取り、
④オリンパス本体から損失を分離する
というものです。
これだけ聞くと、単純なスキームなのですが、なぜ発覚までに時間がかかったのでしょうか。
理由としては、合計13個のファンドと金融子会社1社を介して資金移動が行われたこと、及び、ヨーロッパ、シンガポール、国内という3つの資金ルートが複雑に絡み合っていたことなどが要因となり、発覚に時間を要したものと考えられます。
第2章「オリンパス事件のスキームと論点」では、
- 損失分離スキーム
- スキームに投入した資金の回収と事後処理
- オリンパス事件の論点
の3節に分けて、オリンパスの粉飾スキームと論点についてまとめます。
(参考文献:調査報告書要約版PDF(オリンパス株式会社第三者委員会 2011年12月6日付))
Ⅰ.損失分離スキーム
損失分離スキームの主な内容は、受け皿ファンドを作成し、オリンパスが保有していた巨額の含み損のある金融資産を簿価で買い取らせて、損失を出さずにオリンパスの財務諸表から分離するというものです。
そしてこのスキームは、ヨーロッパ、シンガポール、日本という3つのルートを通って売買や資金調達が行われており、非常に複雑なものでした。
Ⅰでは、損失分離スキームの詳細について解説します。
(1)スキームの概要
前常勤監査役の山田秀雄氏と前副社長の森久志氏は、巨額の運用損失の表面化を避けるために、アクシーズ・ジャパン証券株式会社の社長中川昭夫氏と、Axes America,LLC社長の佐川肇氏とともに、具体的な粉飾スキームを考案します。
そのスキームは、受け皿ファンドを作り、ファンドに含み損を抱える金融資産を簿価で買い取らせて、オリンパスの連結決算からはずすというものでした。
ファンドの資金調達は、オリンパスの預金を担保に銀行から融資を受ける方法と、オリンパスが事業投資ファンドを設立して、そこからファンドに資金を流すという、2つの方法を考案します。まず、株式会社グローバル・カンパニーの横尾宜政氏の紹介で、オリンパスがLGT銀行に日本国債約210億円を預託して、それを担保にファンドが融資を受けました。
受け皿ファンドの組成と資金の流は大きく分けて、「ヨーロッパ・ルート」「シンガポール・ルート」「国内ルート」の3つがあり、以下、それぞれの資金の流れを追います。
(2)損失分離スキームーヨーロッパ・ルート
ヨーロッパでは、1997〜1998年にかけて、受け皿ファンドCentral Forest Corp.(以下、CFC)及びQuick Progress Co.(以下、QP)を組成しました。
そして、CFCは、オリンパス名義口座を担保として、LGT銀行から300億円の融資を受けました。
またオリンパスは、子会社のOlympus Asset Management Ltd.(以下、OAM)とともに、LGT銀行のクラス・ファンドに約350億円投資し、この資金を別途組成したファンドTEAO Limited(以下、TEAO)と、Neo Strategic Venture,L.P.(以下、Neo)及びQPを介して、CFCに流入させました。
こうして、1998年から2000年にかけて、合計約650億円の資金がCFCに流入し、損失分離スキームに投入されました。
(3)損失分離スキームーシンガポール・ルート
シンガポールでは、オリンパスはまず、SG Bond Plus Fund(以下、SG Bond)に約600億円を投資します。そして、そのファンドが投資した債券ポートフォリオを、Easterside Investments Limited(以下、Easterside)に貸し付けました。
これにより2000年から2005年にかけて、約600億円が損失分離スキームに投入されました。
(4)損失分離スキームー国内ルート
2000年3月、実質的にオリンパスが350億円を負担し、G.C.New Vision Ventures,L.P.(以下、GCNVV)を立ち上げます。
GCVVVは、約300億円をQPに提供する一方で、資金の一部をベンチャー企業に投資しました。
(5)損失分離スキームーまとめ
上記3ルートにより、最終的に、CFCに約640億円、QPに約320億円の資金が流入し、金融商品が簿価で移転され、オリンパスの連結財務諸表から含み損を分離することに成功しました。
Ⅱ.スキームに投入した資金の回収と事後処理
含み損失を抱えた金融商品の移転が完了したところで、次に、ファンドへ出資した資金や銀行からの融資を、どのように返済するかという問題が生じました。
山田氏と森氏は、ファンドが安価に購入したベンチャー企業の株式をオリンパスに高額で買い取らせたり、買い取りに際してファンドに手数料を支払わせたりすることで、ファンドに資金を集めて、その資金で融資を返済しようと考えました。
(1)ベンチャー企業3社への投資
GCNVVは350億円受けた出資のうち、QPに提供した300億円を差し引いた、残りの約50億円をベンチャー企業投資に当てていました。2003年から2005年にかけて、アルティス、ヒューマラボ、NEWS CHEFの3社を発掘しました。山田氏と森氏は、これら3社の株式をオリンパスに高額で買い取らせようと考えます。
そのために、ファンドが安価で国内3社の増資を引き受けた後、オリンパスに3社の成長性を示す事業計画を提示し、ファンドの購入金額の数十倍から数百倍の金額で株式を買い取らせようと計画しました。
まず、2003年から2005年にかけて、オリンパスのファンドであるNeo及びClass Fund IT Ventures(以下、ITV)は、これら3社に対して出資(合計約7億円)を行い株式を取得します。
その後、2006年3月に、Neo及びITVから、GCNVVが合計約108億円で株式の一部を買い取ります。
同時期に、オリンパスが作ったファンドDynamic Dragon Ⅱ SPC(以下、DD)及びGlobal Targets SPC(以下、GT)も、3社の株式を総額80億円で購入しました。
計画通りに株式の取得を進めていましたが、2007年の会計基準の変更で、GCNVVなど主要な投資先を、オリンパスの連結決算に取り込む必要が出てきました。
そこで、GCNVVを中途解約し、GCNVVが保有していた株式を、オリンパスとGCNVVのジェネラル・パートナーのGCI Caymanが現物で引き取り、GCNVVの取得簿価でオリンパスの貸借対照表に資産計上されることになりました。
一方で、2008年3月に、オリンパスは、3社の株式をNeoから約319億円、ITVから152億円で購入するとともに、2008年4月に、金融子会社Olympus Finance Hong Kong Limited(以下、OFH)を経由して、DDから約96億円、GTから約41億円で3社の株式を購入しました。
こうしてオリンパスは、国内3社の株式を、直接投資を含めて約732億円で取得しました。
(2)融資の返済及び出資金の償還
Neoがオリンパスから得た国内3社の売却代金は319億円になりました。この資金はQPを経てCFCに流入し、LGT銀行の融資の返済にあてられました。またオリンパスは、担保提供していた351億円の預金の払戻を受けました。
他方、ITVがオリンパスから得た売却代金152億円は、NeoからTEAOを経て、PS Global Investable Maekets(以下、GIM)に還流。また、DD及びGTがOFHから得た売却代金合計137億円は、Easterside、Creative Dragon SPC(以下、CD)、GPA Investments Limited(以下、GPAI)、CFC、TEAOなどを経て、GIMに還流。
最終的に、オリンパスはGIMから370億円の出資金の返還を受けて、ヨーロッパ・ルートは解消しました。
(3)ジャイラス買収による損失解消
当時、オリンパスがM&Aで事業拡大を検討していたことから、山田氏と森氏はこれに便乗して、実際よりも高額で買収するように仕向けて、差額を出資金や融資の返済にあてようと画策しました。
そこで、アクシーズアメリカとFA契約を締結し、最終的にアクシーズアメリカからファンドに資金を還流させて、損失の穴埋めに使おうと考案しました。
買収先がジャイラスに決まり、成功報酬1200万ドルと、ジャイラスの株式オプション及びワラントが付与されるFA契約が締結されました。この契約は、運用損失の穴埋めに必要な金額を見込んで仕組まれたものでした。また、別途、基本報酬500万ドル及び必要経費700万ドルも支払われました。
2008年6月、アクシーズアメリカは株式オプションとワラントを、ケイマン法人である、Axam Investments Ltd.(以下、アグザム)に2,400万ドルで譲渡しました。
ところが、買収直後に、税務上の問題から、株式オプションとワラントをオリンパスが買い取る必要が生じます。
山田氏と森氏は、時価評価額よりも多額の資金を流すために、株式オプションの対価として、現金ではなくジャイラスの配当優先株を付与して、価格が上昇したところで買い取ることを思いつきました。
こうして2008年9月、オリンパスは、ジャイラスの配当優先株をアグザムに付与し、ワラントを5,000万ドルで買い取りました。
配当優先株は、ジャイラスの運営上の重要事項の決定の一部にアグザムの同意が必要となっていたため、山田氏と森氏の思惑通り、価値が増大しました。
その後、アグザムは、森氏との密約で、オリンパスに対して、株式引受契約を第三者に譲渡することに同意するか、配当優先株を買い取るかを要求します。オリンパスは、配当優先株が第三者に譲渡されることを回避すべく、すべての配当優先株を高額で買い取ることになりました。
しかし、配当優先株の買取りは、会計上の問題があったことに加え、あずさ監査法人からFA報酬が高額すぎると指摘されたため、実行されませんでした。
その後、会計監査人が新日本監査法人に交代し、配当優先株の買取金額と簿価との差額をのれんとして計上することで、会計上の問題はクリアされたとして、配当優先株の買取を実施しました。
森氏はSG Bondの解約に6億2000万ドルが必要だったため、同額になるよう価格交渉をするよう仕向けて、2010年3月に配当優先株買取契約を締結。必要額の送金に成功しました。
(4)シンガポール・ルートの解消
2008年9月に、オリンパスからアグザムに支払われたワラントの買取代金5,000万ドルは、アグザムからGPAIに資金移動し、そのうち31億円を21C及びEastersideを経由してSG Bondに送金しました。
また、2010年3月にオリンパスからアグザムに支払われた配当優先株の買戻代金6億2000万ドルは、GPAI、CD、Eastersideを経由して、SG Bondに送金されました。
この結果2011年3月までにSG Bondに合計631億円が還流し、シンガポール・ルートは解消されました。
(5)のれん計上
アクシーズアメリカ及びアグザムに支払われた報酬と、株式オプションの簿価及び買取代金の一部190億円がのれんとして計上されました。さらに、配当優先株の買戻し代金のうち412億円ものれんとして計上されました。
Ⅲ.オリンパス事件の論点
オリンパスの損失分離スキームと、損失分離に使われた資金の回収は、Ⅰ~Ⅱの経緯をたどり、収束します。以上がオリンパス事件の全貌なわけですが、この事件の論点は一体何だったのでしょうか?
まず、ひとつ指摘できる点は、スキームの巧妙さと資金ルートの複雑さです。概要を簡単に説明しただけでも出てくるファンドは多く、資金の流れも複雑で、一読で理解するのはかなり困難です。
もうひとつ、こちらが本質的な論点になりますが、オリンパス事件がここまで長期多額な粉飾事件となった背景には、ガバナンス機能の欠如が挙げられます。山田氏と森氏にすべてが一任され、黙認されていました。社内に彼らの行動を止める人がいなかったのです。
そして、後ほど詳述しますが、粉飾決算について監査法人から指摘がありながらも、別の監査法人に交代して隠蔽行動に走ります。
これにより、事件はさらに長期化することになります。
以上がオリンパス事件の論点のまとめになります。
3:経営者、オリンパス、監査法人等、事件関係者たちのそれぞれの顛末
オリンパス事件は2011年に発覚し、迅速に調査が行われ、粉飾事件の全貌が明らかにされていきました。
そして、数々の調査を受けて、監査法人は金融庁からの業務改善命令、オリンパスに対しては課徴金支払命令、また、現・旧経営者や監査役、オリンパスに対しては多くの訴訟が提起されました。
第3章「経営者、オリンパス、監査法人等、事件関係者たちのそれぞれの顛末」では、
- 監査法人編
- オリンパス編
- 経営者・監査役等編
の3節にわけて、粉飾事件の関係者がどのように処分されたのか関連記事をまとめます。
Ⅰ.監査法人編
(1)2011年10月 あずさから新日本へ監査法人変更。オリンパスは、あずさ監査法人から新日本監査法人に監査人を変更した理由について、コメントを発表しました。
オリンパスは国内監査法人の変更については「任期満了に伴い日本最大の監査法人である新日本を選んだ」と話した。
粉飾が発覚した直後だっただけに、監査人交代の理由に疑念を感じていた人も多かったと思います。そして、コメントを出してからわずか2週間後に、事実が発覚します。
オリンパスが証券投資の損失を隠していた問題で、同社が2009年3月期まで監査を担当していたあずさ監査法人(旧朝日監査法人)から、過去のM&A(合併・買収)の問題点を指摘されながら対応せず、監査法人を変更していたことが、10日までの関係者の話で分かった。
前任のあずさ監査法人が問題を指摘したことが、監査人交代の本当の理由だったことが明らかになりました。
(2)2011年11月 日本公認会計士協会があずさと新日本に聞き取り調査
日本公認会計士協会は、オリンパスの監査手続に問題がなかったかどうか、あずさ監査法人と新日本監査法人に聞き取り調査をすることになりました。
日本公認会計士協会は相次いで経営上の問題が明らかになったオリンパスと大王製紙について、監査手続きに問題がなかったか調査を始める。
そして、日本公認会計士協会は約8ヶ月間の調査期間を経て、調査結果を発表しました。
日本公認会計士協会は3日、オリンパスの不正会計問題に絡み、監査を担当したあずさ監査法人と新日本監査法人、および両法人の担当会計士を懲戒処分としないと発表した。
日本経済新聞の記事によると、故意の不正見逃しや、重大な過失がなかったため、懲戒処分しなかったと伝えられています。
(3)2011年12月 オリンパス第三者委員会の調査報告書で、あずさと新日本に言及
オリンパスは、元最高裁判所判事、元東京高裁検察庁検事長である甲斐中辰夫氏を委員長に迎えて、第三者委員会を発足します。
今回、第三者委員会が提出した報告書の中で、あずさ監査法人について言及されました。
2009年3月期の監査で、会社側と意見対立があったにもかかわらず、無限定適正意見を出したことについては、「問題なしとしない」と記載した。
一方で、オリンパスの第三者委員会は、新日本監査法人についても、問題点を指摘しています。
あずさ監査法人から新日本監査法人への引き継ぎに関しては、「オリンパスによるあずさ監査法人の事実上の解任による交代だったにもかかわらず、あえて交代の実質的理由に踏み込まず、形式的な引き継ぎに終わっていた」と指摘。日本公認会計士協会制定の準則の趣旨に照らして「問題である」とした。
(4)2012年1月 オリンパス監査役等責任調査委員会報告
オリンパスは第三者委員会とは別に監査役等責任調査委員会を設置し、監査役、監査法人及び執行役員または執行役員であった者について、職務の遂行に善管注意義務違反等に該当する行為があったか否かを調査することになりました。
その調査報告書の中で、監査法人について以下の言及がありました。
監査法人については責任を認めなかった。
現旧監査役については善管注意義務違反があるとしたものの、監査法人の責任は認めませんでした。
(5)2012年3月 新日本監査法人の監査検証委員会がコメント
新日本監査法人は、外部有識者による監査検証委員会を立ち上げて、あずさ監査法人からの引き継ぎなどについて検証をすすめていました。
オリンパスの損失隠しを巡って新日本監査法人が外部有識者を集めて設置した監査検証委員会の郷原信郎委員は27日、あずさ監査法人からの業務引き継ぎについて「規定上、問題となる点は見受けられなかった」との見解を示した。
(6)2012年7月 金融庁、あずさ・新日本監査法人に改善命令
金融庁も、あずさ監査法人と新日本監査法人の調査に乗り出しました。
金融庁は6日、オリンパスの粉飾決算事件を巡り、同社の監査を担当したあずさ監査法人と新日本監査法人に業務改善命令を出した。
金融庁は、2012年8月6日を期限として、あずさ監査法人に対し業務改善計画の提出、実行を求めました。
粉飾決算事件を起こしたオリンパスの会計監査を巡り、金融庁から業務改善命令を受けたあずさ監査法人は3日、業務改善計画を同庁に提出した。(中略)新日本監査法人も6日に報告書を提出する見通し。監査を引き継ぐ際の手続きなどを見直すもよう。
(7)2012年8月 新日本監査法人 経営陣報酬を削減
新日本監査法人は、業績不振を理由に経営トップの報酬削減を決めました。
新日本監査法人は29日、加藤義孝理事長ら経営陣の報酬を最大3割減額することを決めた。
Ⅱ.オリンパス編
(1)2012年3月 オリンパス法人起訴
粉飾決算事件は、オリンパスが関与した組織的な事件と判断されたようです。
オリンパスの粉飾決算事件で、東京地検特捜部は2日までに、法人としての同社を金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の罪で起訴する方針を固めたもようだ。
(2)2012年7月 オリンパスに課徴金支払命令
証券取引等監視委員会の勧告を受け、オリンパスに課徴金支払命令が下されました。
金融庁は11日、オリンパスの粉飾決算事件を巡り、同社に対して課徴金1億9181万円を納付するよう命じた。
(3)2012年11月 オリンパス、海外機関投資家から損害賠償請求で和解成立
オリンパスは、海外投資家から、過去の虚偽記載による損害賠償金の請求を受けていましたが、和解が成立したようです。
オリンパスは27日、海外の機関投資家ら計86社から受けていた376億円の損害賠償請求に対し、最大110億円を支払うことで和解が成立したと発表した。
(4)2013年11月 テルモに和解金60億円
テルモから、株価急落による損失の賠償で訴訟を受けていましたが、和解が成立しました。
オリンパスは18日、テルモから受けていた66億円の損害賠償請求に対し、60億円を支払うことで和解したと発表した。
(5)2014年4月 信託銀6社が提訴し和解成立
信託銀行から、過去の有価証券報告書の虚偽記載による株価下落について、損失分の損害賠償請求をされていましたが、これも和解が成立したと発表しました。
オリンパスは31日、2011年に発覚した不正会計を巡り、三菱UFJ信託銀行など信託銀行6行から提起された損害賠償請求訴訟について、解決金として合計約190億円の支払いで和解が成立したと発表した。
・損害賠償請求訴訟の和解成立に関するお知らせPDF(オリンパス株式会社Webサイト 2018年7月31日付)
(6)2015年7月 株価下落で元株主に支払い命令判決
オリンパスに対する元株主らの控訴審判決は、和解することなく、大阪高裁で判決が確定しました。
オリンパスの粉飾決算事件で株価が下落し損害を受けたとして、元株主の法人2社と個人9人が同社に約3300万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、大阪高裁(森宏司裁判長)は29日、一審・大阪地裁判決に続き、同社に計約2000万円の支払いを命じた。
Ⅲ.経営者・監査役等編
(1)2012年1月 オリンパス「取締役責任調査委員会」報告受けて前社長らに数百億円賠償請求
オリンパスは、弁護士の手塚一男氏を委員長とする「取締役責任調査委員会」を設置し、現旧取締役に善管注意義務違反があったかどうか調査を行い、損害賠償請求を提訴しました。
オリンパスは10日、一連の損失先送りに関して、現旧取締役19人に対し損害賠償請求訴訟を8日付で提起したと発表した。請求金額は菊川剛前社長が36億1000万円、山田秀雄前監査役が30億1000万円、森久志前副社長が28億1000万円、高山修一社長が5億円。
また、監査役等責任調査委員会が提出した報告書をもとに、監査役に対しても訴訟を提起しました。
オリンパスは17日、損失先送りで設置した監査役等責任調査委員会が責任ありとした5人の元・現監査役に対し、損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起したと発表した。
(2)2016年3月 旧取締役への損害賠償請求
オリンパスが旧取締役に対して損失隠しに関する善管注意義務違反で損害賠償請求をしたうち、13人と和解が成立しました。
オリンパスは24日、2011年に発覚した損失隠し問題を巡る旧取締役に対する損害賠償請求訴訟で、一部和解したと発表した。
(3)2016年5月 旧監査役への損害賠償請求訴訟と和解成立
2016年5月から11月にかけて、オリンパスが損害賠償請求していた全監査役と和解が成立しました。
オリンパスは2011年に発覚した損失隠し問題を巡る旧監査役に対する損害賠償請求訴訟で一部和解したと12日に発表した。
引用元:オリンパス、旧監査役への損賠訴訟で一部和解(日本経済新聞 2016年5月12日付)
オリンパスは28日、2011年に発覚した損失隠し問題を巡る旧監査役に対する損害賠償請求訴訟で、裁判上の和解が成立したと発表した。訴訟を提起された旧監査役5人のうち、最後まで残った1人が解決金として2113万3333円を同社に支払う。
(4)2019年8月 証券会社役員2名に損害賠償命令5億円東京地裁
オリンパス粉飾計画に協力した証券会社元役員に対して、東京地裁の判決がおりました。
オリンパスによる巨額損失隠しを巡り、粉飾決算に協力したとして同社が元証券会社役員2人に損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は22日、請求通り5億円の支払いを命じた。
(5)2020年10月 東京地裁旧経営陣らに最高裁判決で594億円支払い命令
オリンパスと個人株主が旧経営陣らを提訴していた件で、最高裁が旧経営陣側の上告を退け、判決が確定しました。
菊川剛元社長ら3人に総額約594億円の支払いを命じた二審・東京高裁判決が確定した。
4:オリンパス事件が与えた影響(監査や会計に関する規制への影響)
オリンパス事件をきっかけに、外部協力者に対する課徴金支払命令の制度がないことや、監査人の不正発見時の通告義務が定められていないことなど、制度の盲点が明らかになりました。
そして、会計基準、法律、課徴金制度など、各業界で整備に向けての動きがありました。
この章では、
- 日本公認会計士協会編
- 金融庁編
- 東京証券取引所編
- 法改正編
の4節にわけて、オリンパス事件が与えた影響についてまとめました。
Ⅰ.日本公認会計士協会編
(1)2011年12月 日本公認会計士協会会長から監査を適切に実施しているか確認するよう要請
オリンパス粉飾事件を受けて、日本公認会計士協会会長より会員に向けてコメントが出されました。
日本公認会計士協会の山崎彰三会長は15日、オリンパスと大王製紙の不祥事を受け、監査を適切に実施しているか確認するよう会員の会計士に要請した。
(2)2012年1月 日本公認会計士協会が、粉飾など企業の不適切な会計処理を発見した場合の対応策をまとめる
日本公認会計士協会は、オリンパスなど相次ぐ不祥事を受け、不正発見時の対応についてまとめました。
日本公認会計士協会は、会計士が粉飾など企業の不適切な会計処理を発見した場合の対応策をまとめた。監査役や金融庁に書面などで確実に報告するよう促す。
(3)2012年3月 監査役と会計監査人の連携に関する共同研究報告書見直し
オリンパスをはじめとした一連の不祥事を受け、監査役と会計監査人の連携について見直されることになりました。
日本監査役協会と日本公認会計士協会は29日、2009年に両協会が作成した監査役と会計監査人の連携に関する共同研究報告を見直すと発表した。
(4)2012年7月 日本公認会計士協会が会計士の除名や強制調査など監督権限強化を検討
日本公認会計士協会は、オリンパス事件など相次ぐ不祥事を受け、協会の監督権を強化することにしました。
日本公認会計士協会(山崎彰三会長)は会計士の除名や強制調査など監督権限の強化を検討する。
(5)2012年11月 企業会計基準委員会(ASBJ)はM&A(合併・買収)の会計基準改正に着手
M&Aを悪用した粉飾事件の再発防止に向けて、ASBJが会計基準改正に乗り出しました。
日本の会計基準を作成する企業会計基準委員会(ASBJ)はM&A(合併・買収)の会計基準改正に着手する。金融機関などのファイナンシャル・アドバイザー(FA)に支払った報酬を買収の当該決算期に費用処理するよう改める。
(6)2014年2月 日本公認会計士協会が会計士に企業の不正発見状況についての聞き取り調査を実施
日本公認会計士協会は、会計士に対して、不正についてのアンケート調査を実施することになりました。
日本公認会計士協会は所属する会計士を対象に、企業の不正発見状況についての聞き取り調査を実施する。
(7)2017年12月 職業倫理を厳格化し、違法行為を発見した場合は監督官庁へ通報
違法行為を発見した場合、監査人に新たな義務が課せられることになりました。
公認会計士の職業倫理に関する規則が厳格化される。2019年4月から会計士は監査を請け負う顧客企業で違法行為を発見した場合、監督官庁などへ通報しなければならない。
Ⅱ.金融庁編
(1)2011年12月 金融庁M&A開示義務強化検討
オリンパスがM&Aを粉飾決算に利用したことを受けて、M&Aの開示義務が強化されることになりそうです。
金融庁は16日、M&A(合併・買収)に絡んだ開示義務の強化に向けて検討すると発表した。
(2)2012年4月 金融庁がオリンパス不正会計受け、重点的に審査
金融庁は、オリンパスの粉飾決算事件を受けて、M&Aで発生するのれん代などを重点的に審査する方針とのことです。
金融庁はオリンパスや大王製紙などで不正会計が相次いだことを受け、上場企業の有価証券報告書に不透明な記載がないかを重点的に審査する方針だ。
(3)2012年4月 公認会計士・監査審査会、新日本監査法人やあずさ監査法人など四大監査法人に、会計士の引き継ぎなど監査リスクの高い事項を集中して検査
オリンパス事件で、監査人の引き継ぎが問題視されたことから、リスクが高い項目を集中的に検査することになりました。
オリンパスや大王製紙など大企業で不正会計が相次いだことを受け、新日本監査法人やあずさ監査法人など四大監査法人について、会計士の引き継ぎなど監査リスクの高い事項に集中して検査する。
(4)2013年3月 金融庁が不正会計を防止するための監査基準案を了承
今後、不正のリスクが高い場合、抜き打ちで監査を行うなど、新たな監査手続が求められることになりました。
金融庁は13日、企業会計審議会監査部会を開き、不正会計を防止するための新たな監査基準案を了承した。監査法人間での問題点の引き継ぎや、不正のリスクの高い企業への抜き打ち監査などを義務化する。
(5)2013年6月 有価証券報告書の虚偽記載に加担した外部協力者にも課徴金
外部協力者も課徴金の対象になりました。
金融庁は27日、有価証券報告書の虚偽記載に加担した外部協力者にも課徴金を課す内閣府令案を公表した。証券OBらが関与したオリンパスの粉飾決算事件を受けた措置。
Ⅲ.東京証券取引所編
(1)2011年10月 オリンパスの買収への不透明な支払いを受け東証が企業統治強化を要請
東京証券取引所は、オリンパスの粉飾決算などを受けて、コメントを発表しました。
東京証券取引所と同取引所の自主規制法人は26日、上場企業に対し企業統治の体制を強化するよう求める異例のコメントを発表した。
(2)2012年1月 東証、独立役員の監視機能を強化するため、上場ルール見直し
東京証券取引所は、上場ルールを見直し、企業統治を強化する方針です。
東京証券取引所は、上場企業での社外取締役や社外監査役など独立役員の監視機能を強化するため、上場ルールの見直しに乗り出す。
(3)2013年6月 東証、有価証券報告書の虚偽記載による上場廃止の基準を明示
事件発覚当初、東京証券取引所常務より、オリンパスの上場廃止審査の可能性が示唆されました。その後、オリンパスは監理銘柄に指定されたものの、監査法人が適正意見を出したことで、上場廃止を免れました。
ですが、これら一連の動きで、株式市場の混乱が起きてしまいました。そして、また同じことが起きないように、上場廃止の基準を明示することにしました。
東京証券取引所は、有価証券報告書の虚偽記載による上場廃止の基準を明示する。「上場前から債務超過の状態」「売上高の大半が架空で投資家の判断を大きく誤らせる」などと事例を具体的に表記。これらに抵触したら直ちに上場廃止とする。
Ⅳ.法改正編
(1)2012年7月 法務省、社外取締役の義務化断念
会社法改正案に、有価証券報告書提出会社に対して社外取締役の選任を義務付ける条項が盛り込まれる予定でしたが、経済界からの反発が大きく、断念したもようです。
法務省の法制審議会(法相の諮問機関)の会社法制部会が検討している会社法改正に関する要綱原案が明らかになった。昨年12月に示した中間試案に盛り込んだ大企業への社外取締役の起用義務付けを見送った……。
(2)2012年9月 改正金商法可決。課徴金の対象広げる
改正金融商品取引法が可決され、外部協力者に対しても課徴金の対象が広げられました。
改正金融商品取引法が6日午後、衆院本会議で可決、成立した。証券や商品を一括して取引する「総合取引所」の実現に向けた制度整備などを盛り込んだ。
1990年にバブル崩壊により含み損失の発生、2011年に事件発覚、そして2020年に最高裁判決が確定。事件発生から発覚まで20年以上、そこからさらに事件解決に10年の歳月を要しました。
これだけ長期間オリンパスの粉飾決算が明るみに出なかった原因としては、「経営者トップ自らの不正に内部統制は機能しない」という、内部統制の限界が生じたことが挙げられます。
今後の監査では、粉飾決算防止の観点から、企業経営者の倫理観を問う実効的な監査手続がより重要になるのではないでしょうか。
その他の不正会計事件のまとめはこちら
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5.オリンパス事件に関連する書籍
オリンパス事件を分析した書籍が複数出版されているのでご紹介します。
1冊目の書籍は、オリンパス事件について真っ先に報道したFACTAが出版したものです。
また2冊目と3冊目の著者の山口義正氏は、月刊誌『FACTA』でオリンパス事件を暴き、第18回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の大賞を受賞したジャーナリストの方です。
オリンパス事件をもっと知りたいという方は参考になさってください。
(1)『オリンパス症候群 自壊する「日本型」株式会社』(チームFACTA著、初版2012年5月27日)
(2)『ザ・粉飾 暗闘オリンパス事件』(山口 義正著、初版2016年8月19日、講談社)
(3)『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』(山口 義正著、初版2012年3月29日、講談社)
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