公認会計士や税理士はAI(人工知能)に淘汰される…そんな言説がインターネットを賑わせてからはや数年。会計業界は未だAIに淘汰されることなく、むしろAIを始めとしたテクノロジーを使いこなす側に回ろうと画策している。
大手監査法人がAIを活用した監査システムを開発中であることは知られているが、現在、日本各地の中小規模の会計事務所でもRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)によって自動化されたプログラム(ロボット)が作業を行い始めていることはあまり知られていない。
会計業界に即したAIやRPAの開発や利用が進んでいくことによって、町の税理士や公認会計士もテクノロジーを活用する時代が来る、そんな未来を予感させる。
中堅・中小企業や会計事務所に対してRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を活用した業務改善コンサルを行うASIMOV ROBOTICS(アシモフ ロボティクス)株式会社の代表、藤森恵子氏(公認会計士・税理士)に会計事務所のRPA活用の現状や活用事例について聞いた。
工学部→戦略コンサル→監査法人を経て、会計事務所、RPAコンサルへ
RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)とは、ソフトウェアロボットによる業務の自動化を指す。RPAを始めとしたITツールによる企業の事業変革を意味するDX(デジタルトランスフォーメーション)といった言葉を聞いたことがある人も少なくないだろう。
DXやRPAと聞くと大企業の話題であるとイメージしがちだが、中小企業でも導入が進み始めているのが現状だ。
このような中堅・中小企業や会計事務所の業務プロセスの課題解決に重点を置き、RPA導入コンサルティングを行っているのがASIMOV ROBOTICS(アシモフ ロボティクス)株式会社の藤森恵子氏(公認会計士・税理士)だ。
藤森 恵子
ASIMOV ROBOTICS株式会社
代表取締役CEO
公認会計士・税理士/MBA
早稲田大学理工学部電気工学科システム工学専攻を卒業後、戦略系経営コンサルティング会社を経て、有限責任監査法人トーマツ入所。独立後、株式会社ビジネスナビゲーションにてJ-sox対応の内部統制構築に関するコンサルティングに携わる。また、公認会計士田中宏征事務所にて金融機関の会計監査を実施。2016年より税理士法人にて、ITを用いた中小企業の業務効率化コンサルティングに携わる。2018年8月ASIMOV ROBOTICS株式会社設立。2019年3月ビジネス・ブレークスルー大学大学院 修了。ASIMOVのビジネスモデルのベースとなった卒業研究の新規事業計画は「大前研一学長特別賞」と「卒業研究優秀賞」を大学院史上初となるW受賞。
日本公認会計士協会 東京会 中小企業支援対応委員会委員/サイバー大学 IT総合学部 客員講師/ビジネス・ブレークスルー大学大学院 経営学研究科 TA(ティーチングアシスタント)/警察庁会計業務検討会委員
藤森氏は、早稲田大学理工学部電気工学科卒の理系出身会計士だ。現在のキャリアを意図していたわけではないが、大学の卒業研究のテーマはAI(人工知能)についてだったという。
新卒では戦略コンサルを選んだが、その理由は、話すことが好きであり、対話や提案を通じて顧客の経営を改善していける点に魅力を感じたから。理系出身者が多い業界であったことも理由のひとつだ。
その後、コンサルタントとして経験を積む中で、強みを身に着けたいと考え、公認会計士を取得、BIG4のひとつである監査法人トーマツにて会計監査に従事する。
監査を経験した後は、戦略コンサルティングと監査の経験を活かし、改めてコンサルティング職を志すが、大手コンサルティングファームも当時はまだまだ男性中心の社会。自分の実力をフラットな環境で試してみたいと独立を選択する。
そんな藤森氏の転機となったのは、共同経営者である田中宏征氏(公認会計士・税理士)のもとに高齢となった所長の後継者を必要としていた税理士法人の経営承継の話が舞い込んだことだった。
税理士法人を承継後、クライアントに対してこれまでの経験を活かした経営支援を行うことを意図した藤森氏だが、クライアントからリアルタイムで決算書が出てこないという課題に直面する。
中小企業の経営を支援するためには、ベースとなる数字を出せる体制を整備しなければならない-。時は2016年、クラウド会計ソフトを始めとし、中小企業も活用できる様々なクラウドツールが登場し始めた時期であった。藤森氏はそれらを活用し、中小企業向けにバックオフィスの業務改善支援サービスをスタートする。
中小企業の業務改善支援を行う中で、藤森氏は新たな社会課題を発見する。会計事務所業界のIT化の遅れだ。ITツールを駆使して中小企業のバックオフィスのクラウド化・効率化を行っても、顧問の会計事務所が対応できず最後のワンステップが効率化できない。時に、会計事務所からIT化自体を反対されることすら少なくなかった。
例えば、中小企業にクラウドの会計ソフトやストレージを導入しようとしても、『顧問税理士がデータの受け渡しはUSBでしか行えないと言っている』といった理由で話が止まってしまうことが何度もありました。
藤森氏はそう振り返る。
テクノロジーの進化で、中小企業でも安価に簡単にクラウドツールを使える時代が来ている。それなのに、中小企業を支える会計事務所がそれに対応できていない。会計事務所業界のITリテラシーを高めなければ、業界に未来はない-。
藤森氏は、中小企業、そして、会計事務所のIT化の必要性を確信する。
2018年8月、藤森氏はASIMOV ROBOTICS株式会社(以下、アシモフ社)を設立し、中堅・中小企業と会計事務所をターゲットに、RPAツールを活用した業務改善支援サービスをスタートする。
会計事務所のRPA化の勘所は?
RPAによる自動化の余地が大きい会計業務
IT化が遅れていると言われる会計事務所業界において、RPAツールの利用を広めていくことは簡単ではない。事実、藤森氏も当初は、導入に興味を示しつつも腰の重い会計事務所に対して焦燥感に駆られることも少なくなかった。
しかし、藤森氏自身が公認会計士・税理士であり会計税務実務への造詣も深かったこと、また、会計事務所の実情に即したサービスによって、人手不足に対する高い危機感やIT活用のニーズを抱いていた一部の先進的な会計事務所に支持されることとなる。
現在、アシモフ社ではクライアントの約2割が会計事務所となっているが、これまでに会計事務所の様々な業務をRPAツールによって自動化してきている。
自動化された作業の多くは、ひとつひとつは10分から数十分で終わるものだが、年間を通すと数百件のボリュームがあり、会計事務所のスタッフの数百時間という時間を奪っているものだ。
アシモフ社が自動化してきた会計事務所業務の例
電子申告の一部自動化で大幅な工数削減を実現
アシモフ社が作成した会計事務所向けロボット(作業を自動で行うプログラム)のひとつに、「電子申告とメッセージの印刷ロボ」がある。税務申告書が完成した後の、e-Taxでの提出やメッセージの印刷を自動で行うロボットだ。
当該ロボを活用した電子申告業務の流れは、以下の図のようになっている。
税務申告ソフト(このケースでは達人シリーズ)において、国税関連の申告書が「作成済み」のステータスとなっているものをロボットが抽出、申告書の署名、送信準備、e-Taxへのログインまで一連の作業をロボットが行う。
e-Taxログイン後は、電子申告の送信ボタンはロボットではなく人がクリックして送信処理を行うように設計されているが(多くの会計事務所では送信作業の部分は人の手で行いたいと考えるそうだ)、その後の申告完了メッセージの確認と印刷のプロセスはロボットが行い、続いての地方税の申告へとロボットは作業をこなしていく。
また、受け取ったメッセージを電子ファイルのまま、クライアントや内容ごとにフォルダに分類して保管するところまでロボットが行うように設計している会計事務所もあると言う。
「電子申告業務の一部を自動化する」という地味なロボットだが、電子申告は、個人経営の小規模会計事務所でも年間で数十件、従業員数2桁の中規模会計事務所であれば年間数百件から数千件に及ぶ。
ある会計事務所においては、確定申告が集中する2~3月にこの電子申告作業のために専任者を設けていたが、アシモフ社のロボットを導入したことでこの作業に費やす時間を4分の1へと大きく削減、繁忙期に追加で人を雇う必要がなくなり、職員も専門知識を活かした業務に集中できるようになったという。
その他にも「RPAを導入しなかったら業務をまわせなかった」「業務効率が良くなり、ひとりが担当できる企業数が3.5倍になった」「残業が減って、スタッフが辞めなくなった」「人手不足のため新規顧客を断っていたが、労働力に余力ができ、新規契約を再開できた」など、RPA導入に伴う成果は枚挙にいとまがない。
会計事務所は小規模の顧客を多数有する事業モデルであるため、顧客ごとに同じ作業を何度も繰り返さなければなりません。
例えば、今回の電子申告作業も、ひとつひとつの作業は短時間でできるものですが、数が積み重なることによって大きな手間となっています。そういった単純な繰り返し作業こそロボットが得意とするところであり、RPA化による業務効率化が期待できます。
藤森氏は語る。
小規模会計事務所でも導入しやすいサービスモデル
RPAの導入支援会社が複数あるなかで、アシモフ社が会計事務所に支持される理由は、藤森氏が公認会計士・税理士として会計事務所業務に精通していることに加えて、そのサービスモデルにもある。
アシモフ社では、RPA導入に係る一連のサービスをすべてオンラインで提供している。そのため、クライアントは全国に及び、地方の会計事務所も依頼が可能だ。
また、RPAの導入支援会社の多くは、RPAソフト使用ライセンスの販売と研修など初期の導入支援が主なサービスとなっているが、アシモフ社の場合は、「RPA推進室代行」という形でRPA導入後の運用管理まで行っている点が同業他社では見られない大きな特徴となっている。
同社のRPA推進室代行*には、RPAの運用管理(各ロボットの設計書やマニュアル管理、活用状況のモニタリング)や、会計事務所の場合必ず発生する会計ソフトのバージョンアップに対応するためのメンテナンスが一定時間まで含まれている。そのため、会計事務所側はただRPAを導入するだけでなく、導入後にRPAを安定的に活用していくことができる。
* 年間契約。RPAソフト(Automation Anywhere)のライセンス料及び毎月一定時間の業務整理の相談などを含む。
中小規模の会計事務所が新たなITツールを導入する場合、ITに精通したスタッフがいないことも多く、かといってそういった人材を新規に採用するのも負担が大きい。
アシモフ社は、そこを「RPA推進室代行」という形でオンラインにてサポートするため、会計事務所側はアシモフ社との窓口となるプロジェクト担当者を設けるだけでよく、IT関連の専門知識や人材を所内に置く必要もない。そのため、ストレスなくRPA導入を進め、導入後もオンラインで定期的にフォローを受けることができる。
「RPA担当者のアウトソース」とも言うべきこのスタイルによって、会計事務所側もRPAの利用を継続しやすく、アシモフ社が指示される大きな理由となっている。
会計事務所のDXを通じて、中小企業のDXへ
着実に実績を出しつつあるアシモフ社だが、会計事務所の業務効率化がゴールではない。その理想の先にあるのは、会計事務所とともに実現する中小企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)だという。
先述の通り、アシモフ社は、中小企業へのRPA導入支援の過程で、「顧問の会計事務所が対応できないから」という理由で経理周りの効率化が中途半端に終わってしまうということを経験してきた。せっかく営業から製造など会社全体の改善が成功しているにも関わらずだ。
また、アシモフ社のクライアントの8割は中堅・中小企業などの事業会社であり、会計事務所はわずか2割だ。しかし、それでも藤森氏には、会計事務所のRPA導入に力を入れる理由がある。
中小企業白書によると、中小企業のITに関する相談相手の約26%が公認会計士・税理士であり、また、相談相手がいない中小企業も約17%を占める。
社外におけるITに関する事柄の日頃の相談相手/2020年版「中小企業白書」(中小企業庁)より引用。
中小企業の約4分1がITに関する相談相手として公認会計士や税理士を挙げています。また、相談相手のいない17%の中小企業にも顧問税理士であればいるはずです。
会計事務所がITツールを使いこなし、リテラシーをあげていくことで顧問先企業にとってもさらに頼れる相談相手になれるはずです。逆を言えば、会計事務所がITリテラシーを高めていかなければ、顧問先である中小企業のIT化も遅れてしまうかもしれません。
藤森氏がこう語るのを裏付けるように、現在、アシモフ社では、RPA化の支援を行った会計事務所から、顧問先の中小企業のRPA化の相談を受けることも増えてきている。
会計事務所にRPAを使いこなしてもらうことによって、会計事務所自身の業務効率が上がるだけでなく、ITへの知見も高まります。それによって、顧問先のIT化の推進にもつながる。会計事務所のDX(デジタルトランスフォーメーション)を通じて、日本の中小企業のDXを進めていきたいと思っています。
藤森氏の挑戦は始まったばかりだ。
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