「BIG4監査法人が月額1万円で経営支援を行う」という戦略について考えてみた



 

本日、10月7日付の日本経済新聞に下記のような記事が掲載されました。

会計士がベンチャー支援 新日本監査法人、月1万円で経営相談(日本経済新聞)

新日本監査法人はベンチャー企業の経営支援事業を始める。専門の新会社を設立し、会計士が資金調達などの経営相談に乗る。料金を月1万円に抑え、創業間もない企業でも利用しやすくする。株高を背景に新規上場が活発になっており、早い段階から企業の成長を手助けし、将来の監査契約につながる「上場予備軍」を囲い込む。

記事によると、新日本監査法人は、新会社であるEY新日本クリエーションを通じて月額1万円程度の相談料でベンチャー企業の経営支援を行うとのこと。

この1万円での経営支援に関して、早速、ネット上では「監査法人がベンチャー支援を行うのは良い傾向」「月1万円でどこまでサービス提供できるのか」など話題になっていますが、今回は本件に関してもう少し踏み込んで考察してみようと思います。

 

急成長スタートアップの増加と大手監査法人のスタートアップマーケットへの参入

【スタートアップ支援の業界にいち早く参入したトーマツベンチャーサポート】

まずは業界動向と監査法人をとりまくベンチャーやスタートアップ*の状況について見てみましょう。

「大手監査法人が格安で経営支援を行う」と言うと、業界に詳しい方であれば、新日本より一足先に同サービスに参入しているトーマツベンチャーサポートの存在が思い浮かぶでしょう。同社はスタートアップやベンチャー企業を支援することを目的とし、無料や格安でアーリーステージ企業の経営支援を行っています。特に、2013年には国内有数のインキュベーターであるサムライインキュベートと共に全国47都道府県でベンチャーサミットを開催するなど、スタートアップ業界での存在感を急速に高めてきています。今回のEY新日本クリエーションの設立はそれに追随する動きであり、こういった流れは、今後、監査法人業界での大きなトレンドになる可能性を秘めているとも思われます。

*近年は創業間もないベンチャー企業を「スタートアップ」と呼ぶことが増えています。「スタートアップ」は「ベンチャー」よりもよりアーリーステージの「スタートしたばかり」の企業のイメージです。

 

【スタートアップやベンチャーの成長スピードがアップしている】

では、なぜ、トーマツや新日本といった大手監査法人はこのような戦略をとり始めたのでしょうか?

これには、スタートアップの増加に伴い、設立から短期間で急成長し、IPOを目指すベンチャー企業が多くなってきたことが挙げられます。

スタートアップやベンチャー界隈の事情に詳しい方であればご存知かもしれませんが、この2~3年で設立数年の若い企業にも関わらずベンチャーキャピタルなどから数億円の資金調達を行い、事業を大きくドライブさせるベンチャー企業が増えてきています。(今はやや落ち着きましたがソーシャルゲームブームにのって上場を果たしたゲーム関連企業などもそのケースに当てはまります。)

もちろん、ベンチャー投資やIPOのマーケットには波があるため、こういった状況が今後も永続的に続くかどうかはわかりませんが、近年ではエンジニアがIT関連ビジネスで起業するケースが増えていることから、長期的に見るとITベンチャーが増加し、それらを中心に短期で急成長してIPOを目指す企業は増えてくるのではないかと予想されます。

こういった背景から、シード、もしくは、アーリーステージのスタートアップ企業とのコネクションを早い段階で構築し、将来の監査業務やIPOやM&A関連のアドバイザリーにつなげたいというのが今回の監査法人の狙いであると考えられます。

 

「月額1万円で経営支援」に関して気になる4つのポイント

では、この「月額1万円で経営支援」は業界にどのような影響を与えるのでしょうか?また、成功のポイントはどこにあるのでしょうか?ここではそれぞれについて2つ、合計4つのポイントを挙げてみました。

「月額1万円で経営支援」が業界に与える良い影響

  1. スタートアップの相談先が増える。公認会計士のプレゼンスの向上。
  2. 経営支援に興味を持つ公認会計士の活躍場所が増える。

「月額1万円で経営支援」の成功のポイント

  1. 採算度外視でどこまでやれるのか?結果を出せるのか?
  2. スタートアップ支援の実績が監査法人内で適正に評価されるのか?

 

「月額1万円で経営支援」が業界に与える良い影響とは?

まずは「月額1万円で経営支援」が業界に与える2つの良い影響についてです。

1.スタートアップの相談先が増える。公認会計士のプレゼンスの向上。

大手監査法人(厳密にはその関連会社)の公認会計士が月額1万円で経営相談にのることによってスタートアップの相談先が増えます。スタートアップには、本格的な相談でなくとも「ちょっと軽く聞きたいんだけど…」といった相談が多い傾向もあるため、そういった際に月額1万円で公認会計士に気軽かつオフィシャルに相談できるのもスタートアップにとってのメリットだと思われます。また、将来のIPOを意識した管理体制の構築や資本政策、会計処理などについてアーリーステージの段階からアドバイスを受けておくのもスタートアップにとっては大きなメリットだと思われます。

実際、スタートアップやベンチャー企業の間では公認会計士と税理士の区別もついていないことも往々にしてありますし、ましてや、「監査法人って何?」といった起業家も少なくありませんので、こういった形で公認会計士とスタートアップが関わることによって、公認会計士のプレゼンスが向上し、会計士への理解も深まるという効果もあるのではないでしょうか。

2.経営支援に興味を持つ公認会計士の活躍場所が増える。

今回のケースは監査法人の系列会社が「経営支援」を行うという点が画期的と言えます。これまで、監査法人やその系列会社のサービスと言えば、監査やFASなど「会計や財務」に関連するものが多く、スタートアップやベンチャー企業の経営者を相手に「経営全般」の相談にのるというサービスがほとんどありませんでした。

しかし、公認会計士は必ずしも監査や会計を目的に会計士になった人ばかりではありません。(この点については公認会計士のリアルの第2回「本当に監査人になりたかったのか?」で井上健氏が取り上げてくれています。) そのため、経営コンサルティングに興味があったり、ベンチャー企業や中小企業のサポートを行いたい公認会計士の場合、そのキャリアを実現するために、監査法人を退職し、会計事務所やコンサルティング会社に転職してしまうケースも少なくありませんでした。今回の施策はそういった公認会計士の受け皿になる可能性もあると言えますし、若いうちに同サービスで経験を積んだ会計士が監査法人から飛び出しスタートアップやベンチャーの世界でより一層活躍していくことも期待できると言えます。

 

「月額1万円で経営支援」の成功のポイントは?

「月額1万円の経営支援」が成功するにはどういった点がポイントになるでしょうか?

1.採算度外視でどこまでやれるのか?結果を出すことの必要性。

トーマツベンチャーサポートやEY新日本クリエーションのように、赤字覚悟でサービスを提供し、収益性の高い他のサービスとの合わせ技で利益確保を狙う戦略は「ロスリーダー戦略」と呼ばれます。例えば、家電量販店やスーパーなどが激安の目玉商品で集客し、他の商品と合わせて購入してもらうことによって利益を確保するようなケースです。今回のサービスも、将来的な監査やIPO支援、事業承継につなげるために、採算度外視でサービス提供を行っていく戦略であると思われます。

しかし、難しいのが、小売業などと異なり、監査やコンサルティングの場合は受注までに時間がかかるという点です。確かにスタートアップやベンチャー企業の成長速度はアップしていますが、監査法人の仕事につながるIPOやM&Aを行うレベルに行くまでは数年の時間を要するケースが多くなると思われます。また、ベンチャーキャピタルなどの場合は投資先がIPOやM&Aでイグジットすれば数倍のリターンが見込めるため、実績のない企業に対して資金と時間を投入しても採算が合うこともあります。

しかしながら、監査やコンサルティングの場合は、アーリーステージから支援することによって将来の受注確率を高める効果は期待できるものの、アーリーステージから支援していれば将来の受注価格が跳ね上がるといったことは想定しにくいと思われます。もしくは、監査法人が支援することによって「本来急成長できなかったはずの企業が成長できた」という状況を作り出して顧客を増やすことにつなげる必要があります。つまり、支援先との強いリレーションを築くことによって受注確率を高め、また、支援先を大きく成長させ将来の潜在顧客を創りださなければ同サービスへの投資を回収することはできないため、そうでなければ、旧来のコンサルティングサービスと同じく「安価な案件を切り捨て、高単価な案件を中心に狙っていく」という戦略をとらざるを得なくなります。

こういった点を考慮すると、同サービスに従事するが「受注確率の向上」や「支援先の成長率」などを自らの成績として愚直に追っていけるかどうかは、同サービスの成功の大きなポイントになると考えられます。

2.スタートアップ支援の実績が監査法人内で適正に評価されるのか?

今後、監査法人で同サービスが定着していくに当たっては、これらの業務に従事する人材が適正に評価されるかどうかも重要なポイントと考えられます。大手監査法人では(表立った形で名言はされないものの)「大企業の監査をしている人間が偉い」といったような風土があることは残念ながら否定しきれません。(トーマツベンチャーサポートも起ち上げ時は相当風当たりが強かったと聞いています。)しかし、長期的な日本経済の見通しや監査法人を取り巻く状況を考えると、今回のような将来に成長企業に投資し、また、経営支援といったフィールドに公認会計士の活躍の場を広げていく施策を打っていく必要があります。また、ノウハウが蓄積され業務の仕組みができあがった監査業務と比較して、新進気鋭の起業家を相手に、会計以外のジャンルも含む幅広い範囲での経営相談に対応し、企業経営を支援していく今回のサービスは、ある意味では監査より難易度が高いとも言えます。

こういったことも意識しながら、同サービスに従事するパートナーやスタッフが頑張ることはもちろん、他部門のパートナーや監査法人の理事会が中長期的視野で同サービスを捉え、同部門で結果を出した人材を監査法人内で評価していく風土を作れるかどうかは重要なポイントになるのではないでしょうか。

 

さて、ふたつの視点から合計4つのポイントを挙げさせて頂きましたが、大手監査法人が経営支援に目を向け、それに従事する公認会計士が増えることは歓迎すべき傾向だと思います。監査法人にて同サービスに従事する皆様が、諸々の弊害を乗り越えて、このトレンドを継続、そして、拡大して頂くことを期待しています。

【追記 2013/10/8】

新日本監査法人から公式リリースが出ました。EYクリエーションは全国100名体制でスタートし、eラーニングやCFO養成のための集中講座の運営など教育・研修サービスも提供していくそうです。なお、全国で100名体制ということですが、おそらく専任者は一部で、当面はトーマツベンチャーサポートと同様で監査部門との兼任者中心の構成になると予想されます。

参考:企業成長サポート事業を本格化(新日本有限責任監査法人)

(終)



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【手塚佳彦/公認会計士ナビ編集長・株式会社ワイズアライアンス代表取締役CEO】 神戸大学卒業後、会計・税務・ファイナンス分野に特化した転職エージェントにて約10年勤務。東京、大阪、名古屋の3拠点にて人材紹介・転職支援、支社起ち上げ、事業企画等に従事。その後、グローバルネットワークに加盟するアドバイザリーファームにてWEB事業開発、採用・人材戦略を担当するなど、会計・税務・ファイナンス業界に精通。また、株式会社MisocaのアドバイザーとしてMisoca経営陣を創業期から支え、弥生へのEXITを支援するなどスタートアップ業界にも造詣が深い。 2013年10月、株式会社ワイズアライアンス設立、代表取締役CEO(Chief Executive Officer)就任、公認会計士ナビ編集長。

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