会計業界では、BIG4を筆頭とした大手や準大手ファームが大企業のディールを主として扱い、それ未満の新興・中小規模のファームが、スタートアップや中堅企業のディールに関与するなど、ファームとクライアントの規模はおおよそ相関関係にある。
しかし、そんな中、小規模ながら、日本を代表する大企業やファンドに対して高品質で専門性の高いサービスを提供する少数精鋭のファームがある。東京・霞が関にその本社を構える株式会社Stand by C(スタンドバイシー) だ。
記事目次
- M&A専門で躍進、Stand by Cの始まり
- M&Aで活かされる会計プロフェッショナルとしての知見
- 複雑化するストック・オプション評価にも対応する蓄積されたナレッジ
- 「会計」専門家としてのぶれない軸が飛躍につながった
M&A専門で躍進、Stand by Cの始まり
株式会社Stand by C(以下、Stand by C)は、M&AとIPOをサービスの主軸とする独立系ファームだ。
メンバーは20名程度であり、規模だけで言うと「小規模ファーム」の部類に入るが、そのクライアントには総合商社や外食チェーン、PEファンドといった有名企業が名を連ねる。
Stand by Cの「C」はクライアント(Client)を指し、中央青山監査法人とKPMG FASにて経験を積んだ公認会計士・松本久幸(まつもと ひさゆき)氏が、「クライアントに寄り添いながらサービスを提供したい」という想いを込めて設立した。
松本 久幸
株式会社Stand by C
代表取締役/公認会計士・税理士
国内金融機関に入行後1997年に退社。2000年、公認会計士試験2次試験合格。2000年より中央青山監査法人(現 PwCあらた有限責任監査法人)に入所。法定監査、IPO支援などの業務に従事。2005年から株式会社KPMG FASに入社し、ファイナンシャルアドバイザー、Valuation、PPAなどの業務を経験。2010年に株式会社Stand by Cを設立し、代表取締役に就任。2017年より株式会社マツオカコーポレーション(証券コード:3611)の社外監査役を務める。
講演・セミナー等
ストックリサーチ経営研究セミナー「企業価値評価における実務上のポイント ケーススタディや最近の動きを交えて」ほか多数
特別委員(第三者委員)実績
米国スターバックス社によるスターバックスコーヒージャパン株式会社に対するTOB案件における、スターバックスコーヒージャパン株式会社の第三者委員ほか多数
松本氏の独立は39歳。公認会計士の独立としては遅いほうだ。
また、当初から現在のような「M&Aを専門に取り扱うファーム」というアイデアがあったわけではないという。クライアントや知人から依頼されるままに様々な仕事を手伝っているうちに、「M&A専業でもニーズはあるのでは?」、そう感じたという。
周囲の独立会計士を見渡しても、税務など”収益が安定しやすいサービス”を主軸としているケースが多く、M&Aに強いという点で名前が挙がるのは、BIG4 FASやGCAなどごく一部のファームだけでした。
また、当時は、M&A関連サービスは受注が不安定というイメージもあり、このアイデアを話しても、”M&A専業にしても、受注が不安定なのでうまくいかない”と言われていました。
松本氏はそう振り返る。
多くのファームが、会計や税務、そして、IPOやM&A、企業再生など総合的にサービスを提供し拡大を目指していた中で、Stand by C はM&Aに特化することを選び、そのノウハウをとことん突き詰めてきた。
M&Aは経験とノウハウが仕事の成果を大きく左右しますが、国内にM&Aを専門に扱うファームがほとんどない時代であったことから、小規模ファームであるにも関わらず、M&A関連で年間100件程度、その中でもPPAサポートは数年間で数十件もの実績を積むことができ、多くのノウハウを蓄積することができたことが大きな強みとなりました。
後発のStand by Cが、高い品質を求める名だたる企業やファンドからの支持を得てきたのにはこういった背景があった。
M&Aで活かされる会計プロフェッショナルとしての知見
M&Aを会計的側面から支える
Stand by Cは、年間100件超ものM&A関連業務をこなし、その内容は、財務デューデリジェンスや株価算定から始まり、PPAサポートや減損テスト、M&A後の決算サポートまで多岐に渡る。
いわゆるFASと呼ばれる、財務DDやValuation業務だけに限らず、会計サービスである買収後の連結決算や会計PMIまで、M&Aの始まりから完了後までを一気通貫でサポートできる点を特徴としている。
このM&Aサービスを統括しているのが、取締役の公認会計士・角野 崇雄(かどの たかお)氏だ。
角野 崇雄
株式会社Stand by C
取締役/公認会計士・税理士
1999年、公認会計士試験2次試験合格、1999年に朝日監査法人(現 有限責任あずさ監査法人)に入所。財務諸表監査、J-SOX、IPO支援などの業務に従事。2008年にIE Business Schoolの MBA課程を修了、2009年に株式会社KPMG FASに転籍し、主に株式価値算定業務に従事。2010年に再び有限責任あずさ監査法人に転籍。2012年独立開業、2013年株式会社Stand by Cに取締役として参画。
講演・セミナー等
日本CFO協会主催『Purchase Price Allocation(PPA)の考え方 -M&A時に求められる無形資産評価の実務-』ほか
少数精鋭ファームの幹部というと、キャラクターとしても尖った人物がイメージされるかも知れないが、角野氏は「穏やか」「柔和」といった言葉がよく似合う人物である。
角野氏は、あずさ監査法人及びKPMG FASで監査とM&A業務の経験を積み、独立後は個人で会計アドバイザリーや連結会計ソフト・DIVAの導入コンサルティング、財務デューデリジェンスなどのサービスを提供していた。
その後、KPMG FAS時代に松本氏と同じ部門に所属していた縁もあり、2013年にStand by C に参画する。
角野氏は、Stand by CのM&Aサービスについて、「会計的側面からのサポートに重きを置いているのが特徴」だと語る。
Stand by Cのメンバーは、会計の専門家として、常に会計に軸足を置きながらお客様と接しています。
例えば、バリュエーションでは、割引率は後工程のPPAや減損テストにも影響を与えるため、全体を見据えた上で割引率を設定し、会計目的に適合した、監査法人が許容する範囲に収まるように意識しています。
また、財務デューデリジェンスのレポートだけでお客様との関係を終わらせることなく、ディールの完了後には会計面でのPMIを支援し、決算業務や会計処理を最適化していくところまで関与します。
当社はお客様の会計業務をアウトソーシングで引き受けることもあり、評価業務を行ったファームが、仕訳を考えて入力まで行うというのは非常に珍しいと思います。
M&Aにおける会計処理が複雑化する中で、最終的な評価の是非を監査法人が判断することを考えると、企業にとっては監査法人対応も重要なテーマのひとつであるだが、Stand by Cがクライアントからも監査法人からも評価される要因は、その間をとりもつ絶妙なバランス感覚だ。
当社では、お客様からの要望をしっかりと聞くことを重視していますが、同時に監査法人に対してきちんと説明できる評価を行うように意識しています。
もちろん、お客様からの要望にすべて応えられれば良いのですが、明らかに無理な場合もあるので、その際はなぜダメなのか、どの程度まで大丈夫なのかをしっかりとご説明させて頂くようにしています。
お客様からの要望だからといって無理を通した結果、監査法人から修正を求められると、例えば、PPAであれば会社の損益に影響を与えてしまうなど、社内でトラブルが起きてしまう原因にもなりかねません。
ある時、監査法人のレビュー担当者が、お客様に、「Stand by Cはしっかりしたファームで信頼できる」と話してくださっているのを聞いて、お客様だけでなく監査法人からも信頼してもらえているのだと嬉しく感じました。
そして、この信頼は、我々が、監査法人のルールを知り、公正価値評価として許容してもらえる範囲内に収まるように意識していることが評価されたのだと考えています。
複雑化するストック・オプション評価にも対応する蓄積されたナレッジ
M&A専門として評価を高めてきたStand by Cの成長をドライブさせたもうひとつのサービスが、IPO支援だ。
その躍進のきっかけとなり、現在、IPO支援サービスを統括する執行役員・野口 卓(のぐち すぐる)氏は、2016年にStand by Cに参画している。
野口氏は公認会計士の肩書を持つが、その経歴は非常にユニークだ。
野口 卓
株式会社Stand by C
執行役員/公認会計士・税理士
1998年東京工業大学大学院情報理工学研究科修了、2006年公認会計士試験合格。2004年に株式会社サミーネットワークスにて、IPOを成功させる。2007年には、株式会社トライステージのIPOプロジェクト責任者として2回目のIPOを成功させる。2012年株式会社トライステージ 取締役。2016 年から株式会社Stand by CにIPO支援サービス統括の執行役員として参画。
講演・セミナー等
株式会社プロネクサス主催 『IPOストック・オプションセミナー』 上場に向けたストック・オプションの活用と実務
高校時代に理系を選択し、東京工業大学へ進学、そのまま東京工業大学の大学院にて画像処理を専攻した野口氏。
卒業後はサミーネットワークス、トライステージという事業会社2社に勤務し、それぞれでIPOの達成に貢献、同時に公認会計士試験に社会人合格も果たしている。
また、IPOを達成した2社のうち、トライステージは、会社設立からわずか2年半という短期間でIPO達成した企業としても知られている。
トライステージでは取締役にまで登りつめた野口氏だが、次は「公認会計士として、IPO経験を活かした専門的な仕事に挑戦したい」と思うようになる。
そして、かねてから仕事を通じて親交のあったStand by Cの創業者・松本氏に、独立について相談し、それを契機に2016年、Stand by Cに参画することを決める。
Stand by CのIPO支援はクライアントのニーズに応じて、アドバイスと実務支援の両方を提供する点を特徴している。野口氏は、「手も動かせる参謀」としてクライアントに貢献することを心がけているという。
アドバイスを聞いただけで、開示書類を完成させることができる企業様は多くありません。そのため、私達も必要に応じて手を動かし作成のサポートも行います。
ただし、私たちのスタンスとしては、IPOのためだけに必要な書類を完成させるのではなく、将来的にお客様自身で開示書類の作成ができるように、運用の仕組み作りのお手伝いも意識してサポートしています。例えば、開示書類作成で言えば、当社が作成をすべて代行するケースももちろんあります。
しかし、それよりも、IPO準備の初期段階から達成までの一連の流れに携わる中で、当社がドキュメント作成や仕組み作りのサポートを進めていき、その過程でお客様の力で自然と開示書類ができ上がっていくというのが、お客様の社内にもノウハウが蓄積し、かつ、負担も少なく理想的だと考えています。
また、IPO関連業務の中でも、Stand by Cが得意とするのが、ストック・オプション評価だ。
Stand by CにはPEファンド、VC、証券会社など様々なルートからストック・オプション評価の依頼があるという。
PEファンドの場合は、投資先のインセンティブプランのひとつとしてストック・オプションを発行することが多く、VCの場合も、複雑な種類株を利用した投資が増えており、そういったファンドやIPO関係者などからご依頼を頂いています。
近年のスタートアップ業界では、資金調達額や評価額が大型化すると同時に、複数回に渡るラウンドの中で複数の種類株が発行されることが一般化するなど、複雑化も進行しているが、Stand by Cはそういった中でのストック・オプションの設計や評価に対応できる数少ないファームのひとつでもある。
ストック・オプションは複雑な行使条件が付与されている場合、既存の評価モデルをそのまま当てはめることができなくなりますが、最近のストック・オプションには、教科書にあるような定型化されたものは少なくなっています。
例えば、ストック・オプションの有名な評価モデルには、ブラック・ショールズモデルや二項モデルがありますが、これらは、行使条件がシンプルな場合に適用することができるものの、最近多く見られる、業績条件や株価条件など様々な条件を組み合わせて発行するでは、適用が簡単ではありません。
有償ストック・オプションにおいても、ブラック・ショールズモデルや二項モデルでは評価できないことが多いため、統計的手法であるモンテカルロシュミレーションを使用しますし、同じ有償ストック・オプションでも、行使条件によって、利用するモデルや算出方法を毎回変えていく必要があるなど、難易度が高く、ノウハウが求められます。
ストック・オプションは、誰が発行をリードするかによって、経営者や創業者への付与割合や業績条件の有無などストック・オプションの設計に違いが生じるため、著名な評価モデルを一律に当てはめるだけでは、妥当な評価はできず、業界でも統計学や金融工学を活用しながら、今まさに評価手法を作り上げつつある分野です。
そのため、専門的にストック・オプション評価を行っているファームは業界でもごく一部に限られますが、当社では、いち早くストック・オプション評価に取り組み、多くの案件を経験したことで、理論や数字を実務に落とし込むノウハウを蓄積してきたことが、強みになっていると感じています。
「会計」専門家としてのぶれない軸が飛躍につながった
Stand by Cが成長した要因は、早い段階でM&Aに特化して業界に参入したことのみならず、案件に対する専門的かつ地道な対応と、専門誌への執筆活動やセミナー開催などの努力を継続的に続けていったことが大きい。
しかし、それだけではなく、軸足を「会計」からぶらさず専門家としてのバリューを発揮した点も大きな要因だったと言えるだろう。
それに関して、代表の松本氏は興味深いエピソードを語ってくれた。
まだ実績がない時代に、私たちの可能性を信じて最初に大企業の監査クライアントを紹介してくれたのは、ある監査法人のパートナーでした。
監査法人は独立性の観点から、自社の監査クライアントに対するアドバイザリー業務を、自社のグループ会社へ紹介することはできません。
そうかと言って、他の監査法人系列の会社へ紹介することにも抵抗があるのが本音です。また、監査クライアントの側にも、監査法人ともアドバイザリー会社ともスムーズにやりとりしたいというニーズがあります。当社の主要メンバーは、大手監査法人出身者が多数を占めており、監査法人のスタンスややり方についてよく知っていることが大きな強みのひとつです。その強みを活かせることになるきっかけが、ある監査法人のパートナーからの監査クライアントのご紹介でした。そのご紹介をきっかけに、弊社の強みを活かすことで、たくさんの業務が舞い込んでくるようになりました。
会計目的のアドバイザリー業務の場合、監査法人から成果物についてレビューを実施されることになるが、当社のメンバーには監査とM&Aの両方を経験している者が多かったことから、初めての業務から無事にレビューをクリアすることができ、それが大きな実績となり、我々の自信にもなりました。
そういったことを契機に、高い品質や経験値、実績を求められる大手企業やPEファンドからの依頼が増えて行き、それを着実にこなすことがさらなる紹介へとつながり、M&A専業ファームとしてノウハウと実績を積み上げていったStand by C。
近年では、税理士法人Stand by Cをグループに加え、M&Aでイグジットをした企業経営者など富裕層の資産管理をサポートする株式会社Stand by C FOS*も設立し、次の展開を見据える。
*FOS:Family Office Support
公認会計士の活躍フィールドが広がり、多様な成功モデルがある中で、「会計」の専門家としての立ち位置を大切にし、価値を発揮してきたStand by Cの公認会計士たち。
彼らを現在のポジションに導いたのは、専門性を愚直に追求する会計プロフェッショナルとしての姿勢や知的探究心だと言えるだろう。