第2回:1993年のロンドンと崩れた日本的仕事観【連載:不動産金融の勃興の中で】

  • 2018/9/26

東京共同会計事務所 公認会計士・原田昌平氏

1990年代の後半から2000年代の前半にかけて、日本の不動産投資市場は勃興期にありました。

1996年に当時の橋本総理が「日本版ビッグバン」宣言を行い、我が国の金融市場をNYやロンドンに匹敵する国際金融市場とすべく、金融システム改革に全力で取り組むよう指示がありました。これを受けて、1998年にいわゆるSPC法(現在の資産流動化法)が施行され、2000年には投資対象を不動産にも広げる投信法の改正が行われ、SPCやリートを活用する集団投資スキームの市場整備が矢継ぎ早に行われました。

2001年9月10日にスタートした東証Jリート市場は波乱の中での船出となりました。その翌日にアメリカ同時多発テロが発生したからです。

その後、幾多の法令改正や各種制度の整備、リーマンショックやアベノミクスなどの好景気や不景気を経て、徐々に洗練され高度化してきた日本の不動産金融市場。

今回より複数回に渡り、東京共同会計事務所・シニアアドバイザー(業務委託)であり、日本の不動産投資市場を黎明期より見続けた公認会計士・原田昌平(元・新日本有限責任監査法人常務理事)が、その歴史や金融手法の変遷を語ります。

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著者

東京共同会計事務所 公認会計士・原田昌平氏

原田 昌平/公認会計士

東京共同会計事務所 シニアアドバイザー

中央大学商学部卒業、1984年、監査法人太田哲三事務所(現 新日本有限責任監査法人)に入所。1993年よりEYロンドン事務所に出向。1999年、新日本有限責任監査法人パートナー就任。1999年、EY Global Financial Servicesに兼務出向。2012年、新日本有限責任監査法人常務理事に就任。この間、国土交通省の不動産投資市場確立フォーラム・不動産市場安定化ファンド検討委員会、鑑定評価制度見直し検討委員会、内閣府の不動産・インフラ投資市場活性化会議、企業会計基準委員会の投資不動産専門委員会・特別目的会社専門委員会、日本公認会計士協会の投資信託専門部会・SPE検討専門委員会、など多数の委員を歴任。

2017年7月より東京共同会計事務所のシニアアドバイザー(業務委託)に就任。

1990年代という時代

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私の30年間の公認会計士人生を振り返ってみますと、常に背伸びをし、新しい分野にチャレンジしてきた30年間であったと思います。

私は新しもの好きで、古い枠組みや前例踏襲といった考え方につい反抗してしまうところがありましたので、これまでの仕事のやり方や方針を変えることが度々で、上司や部下の方達には随分と迷惑をかけたのではないかと思います。

しかしながら、私が公認会計士としてのキャリアを歩み始めた80年代から90年代にかけて、時代はバブル崩壊とグローバル化大きなうねりの中にあったので、私のこうした「進取の精神」はその時代に上手くマッチしていたような気がします。

そうした意味では、今の時代もデジタル化という新たな大きな波が押し寄せて来ており、ビジネスのあらゆる分野でパラダイムシフトが起こる時代となっています。

若い方達には安定を求めず、新しいことにどんどんチャレンジしていって欲しいと思います。これからの時代、これまで安全確実と言われた生き方を求めても、その前提が崩れていくこともあると思います。自分の好きなこと、やりたいことにチャレンジしていく生き方のほうが、結果として充実した人生をおくることになるのではないでしょうか。

1993年のロンドンにて

さて、前回のような経緯を経て、EYロンドン事務所に赴任した私ですが、ロンドンでの生活は言葉やカルチャーの違いもあり、慣れるまではいろいろと大変でした(帰国して健康診断をしたら十二指腸潰瘍の跡がみつかりました!)。

一方で、楽しい思い出もたくさん出来ました。妻とは、折角の機会なので貯金などせず自分達に投資しようと決めていました。1時間のフライトでパリに行けるので、週末を利用してあちこち行きました。帰国する時にパスポートのスタンプを数えたら、4年間で24個もありました。

そんな中で、日本で培われた自分の人生観やライフスタイルも、変わっていきました。

正直に言うと、日本にいた頃の私は相当なパワハラ上司であったと思います。生活も完全に仕事中心でした。毎日遅くまで残業し、土日に出社するのは当たり前、部下にもハードワークを強要しました。高校時代はインター杯にでるようなガチガチの体育会系サッカー部に所属していましたので、組織人格が強いというか、それが当たり前とも思っていました。

そのような私にとっては、イギリス人の働き方はカルチャーショックでした。ほとんどのイギリス人は残業をしません。8時に早出したら4時には帰ってしまう。残業しているのは日本人と韓国人だけです。それなのに仕事の品質は高く、クライアントからの報酬や会社からの給与も日本の何倍も貰っていました。

それを目の当たりにして、私の考えもすっかり変わりました。

人生は楽しむためにある。仕事も人生の一部であり楽しむのも良い。長く働くことに価値がある訳ではなく、休む時は休み、遊ぶ時は遊び、仕事にメリハリをつける。これを実践するために行った仕事での様々な工夫や仕事以外の様々な人達との交流と経験が、結果として業務の効率化と品質の向上に繋がることに気付きました。

以降、日本に戻り自分の部署を持つと、部下には休みをとることを奨励しました。また、部下のビジネススキルの向上にも心を砕きました。プロジェクトマネジメントとコミュニケーションのスキルをビジネスのコアスキルだと見定め、部下には研修で徹底しました。そのような取り組みは当時の監査法人では珍しかったと思いますが、その影響か、私の部署の利益率はダントツに高くなりました。

ロンドンには4年間滞在し1997年8月に帰国しました。

異文化に触れ、様々な価値観を吸収した、実りのある4年間を得た充実感と、久しぶりの日本に期待で胸が膨らんでいました。

ところが、日本では金融危機が待っていたのです。

次回に続く

第3回はこちら

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本連載は、東京共同会計事務所様の採用・求人WEBサイトからの転載記事です。東京共同会計事務所では公認会計士の方を採用中ですので、金融キャリアにご興味をお持ちの公認会計士の方はぜひご参考ください。

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記事引用元:1993年のロンドンと崩れた日本的仕事観:不動産金融の勃興の中で【第2回】 | 東京共同会計事務所求人・採用サイト

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