政府のスタートアップ育成5か年計画に代表されるように、近年、スタートアップに大きな注目が集まっている。
とはいえ、国内のIPO件数はここ数年、2021年こそ125件であったものの、100件に至っておらず、出口が広がっているわけではない。最近は解消に向かっていると言われるものの、IPO監査難民も近年は業界の課題となっている。
このような状況の中、2023年に誕生したのが、IPO監査を専門とする監査法人Growth(以下、Growth)である。
包括代表パートナーの瀧野氏やパートナーの中山氏は、IPO業界の関係者であれば知らぬ人はいないと言っても過言ではない有限責任監査法人トーマツ(以下、トーマツ)の旧トータルサービス部門の出身であり、トーマツにおいてここ数年で最もIPOの監査報告書にサインをした人物でもある。彼らをはじめ、同法人のパートナー陣にはトーマツでIPO関連業務に携わった歴戦の会計士たちが名を連ねている。
なぜ今、IPO専門の監査法人が必要なのか、なぜ大手監査法人のパートナーという安泰したポジションを捨てて独立したのか、IPO専門監査法人の武器は、将来性は。
Growthの実態を聞くため、瀧野氏と中山氏、ふたりのパートナーの元を訪ねた。
IPOを目指すクライアントにとことん向き合うために独立を選んだ
2023年8月、IPOを専門とする新たな監査法人が産声を上げた。その名は「監査法人Growth」。
創業者のひとりで、包括代表パートナーに就任したのは、トーマツ時代にパートナーとして何十件というIPOに携わった瀧野恭司氏だ。
瀧野 恭司(たきの きょうじ)
監査法人Growth
包括代表パートナー 公認会計士
1998年、公認会計士試験2次試験合格後、監査法人トーマツ(現:有限責任監査法人トーマツ)入所。トータルサービス部門に所属し、IPO準備企業の監査及びIPO以降の上場企業の監査に特化して活動する。小規模ベンチャー企業がIPOしメガベンチャー企業に成長していく過程を監査を通じてサポートする経験等、IPOを目指すベンチャー企業に対して、多くの監査経験を有する。
2010年より2014年までデロイト中国広州事務所に駐在し、当地進出の自動車メーカーや部品サプライヤー等の多くの日系企業に対する監査・税務・管理体制構築コンサルティング等のコーディネート業務に従事。
2014年同法人のパートナーに就任以降は、再びIPO準備企業の監査に従事し、多数の企業のIPOに関与する。2017年より2023年まで一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会監事を務める。2023年8月、監査法人Growth 包括代表パートナー就任。
現在、Growthはパートナー8名、業務委託を含めると総勢36名の体制*だ。メンバーはトーマツ出身者を中心にスタートし、他法人出身者も増えつつある。*2024年4月末現在
また、既に多くのIPOを目指す成長企業と、ショートレビュー業務契約、その後のIPO監査契約を締結し、2024年1月には設立後わずか半年で上場会社等監査人名簿への登録も果たしている。
上場会社等監査人登録制度は、上場会社等監査の担い手の裾野の拡大を背景に、監査事務所の監査の品質管理体制を含む業務管理体制のより一層の強化を求める新制度で、2023年4月1日から導入されている。この制度をクリアしなければ、上場会社の監査証明を行うことが出来ないが、Growthは設立後わずか半年経過した2024年1月に登録を果たしている。
設立当初から早期での成長を志向するGrowth。
その指揮を取る面々は、トーマツをはじめ大手監査法人でIPO監査に携わっていた会計士たちだ。IPO監査という意味では、大手監査法人にいても同じことができるだろう。なぜ彼らは、わざわざリスクを取って独立し、新たな監査法人を立ち上げたのだろうか。瀧野氏はこう語る。
ここ数年、業界に様々な環境変化が訪れ、大手監査法人でIPO監査を続けていくことに、ある種の限界を感じていました。
大手監査法人では、IPO監査のみならず、大手の上場企業の監査や、コンサルティング業務などの監査業務以外の業務も含めてフルラインナップで行っており、当然、IPO監査もその中で行う必要があります。また、パートナーとして、クライアント業務以外の管理業務等にも多くの時間を割く必要がありました。
残りの会計士人生をすべてIPO監査に捧げたい、どうすべきか…。考え抜いた結果、IPO専門の監査法人を立ち上げることにしました。
後述するように、今、IPO監査における大手監査法人のシェアは低下傾向にある。
その理由には、「準大手・中小監査法人の台頭」「監査報酬の折り合いがつかない」「会計士不足」など様々な要因が絡み合う。大手監査法人は報酬金額の大きい大手クライアントを優先する経営戦略を取っているとも伝え聞く。
何れにせよ大手監査法人でIPO監査をこれまでのように続けていくのは、環境的に難しいのが実態だ。
そういった背景もあり、安定した大手監査法人のパートナーとしてのポジションを捨てて、瀧野氏らはトーマツを飛び出した。
IPOだけに向き合う、Growthの戦略と胆力
日本のIPOへの貢献をミッションに生まれたGrowth。その経営戦略の一端を紐解いていきたい。
まず、監査を受嘱するにあたって、業種などの基準はあるのだろうか。判断基準は「日本国内でのIPOを目指しているか否か」のみだ(もちろん、独立性や反社チェックといった基本的なスクリーニングは行う)。
IPOを目指す企業には情報通信系が多いため、結果的にその領域の会社は多くなることは予想されるも、業種も問わず、スタートアップでも伝統ある老舗企業も受け入れる。これは、「日本のIPOを支援したい」という想いの表れに他ならない。
近年は「業種」や「ユニコーンになる可能性がありそうか」といった基準を設定する監査法人もあると伝え聞くが、彼らは意に介さない。
また、GrowthはIPO監査のクライアントが上場した後の監査は継続するものの、それ以外の上場企業の監査は受嘱しない方針だ。
「IPO監査だけで戦う」という方針を体現しているわけだが、創業初期には周囲から「収益的に大丈夫なのか」という声も届いたという。
トーマツの元パートナーで、瀧野氏とともに数々のIPO監査案件を担当した戦友でもあるGrowthのパートナー・中山太一氏は設立から数ヶ月間をこう振り返る。
中山 太一(なかやま たいち)
監査法人Growth
パートナー 公認会計士
2002年、公認会計士試験2次試験合格、 監査法人トーマツ(現:有限責任監査法人トーマツ)入所。トータルサービス部に所属し、以降一貫して、数多くのIPO準備企業の監査および上場企業の監査に従事。TMT(テクノロジー、メディア、通信)を中心に、幅広い業界を担当。IPO支援業務、内部統制構築支援業務、会計助言指導業務などのアドバイザリー業務にも従事。
2017年 有限責任監査法人トーマツ パートナー就任。以降、パートナーとして、多数の企業のIPOに関与する。2018年 IPO支援室室長に就任し、法人内のIPOナレッジの向上、証券会社・取引所等との連携を通じIPO業界の発展に務める。監査品質推進、人事定期採用リクルートIPOリーダーなども歴任。
2023年10月、監査法人Growth パートナー就任。
「本当に上場企業の監査はやらないの?大丈夫?」、まだクライアントも少ない創業期に少なからずそういう声が届き、さすがの私たちも「最初は上場企業の監査も行った方が良いのではないか…」との考えが、一瞬頭をよぎりました。
ですが、それをしてしまうと、どうしても相応のリソースを割かなくてはならなくなる。そうなれば結局IPO監査の時間が減ってしまって、IPO専門を謳って独立した意味がなくなってしまう。今は我慢の時だと思い、当初の目的をぶらさずに、IPO監査に邁進することにしました。
そんな裏話もありつつ、GrowthはIPO準備企業だけをターゲットとしスタートした。
そして、証券会社やベンチャーキャピタル、IPOコンサルタント、といったネットワークから紹介を受けることも多く、設立からわずか半年で「我慢の時」を脱し、順調にクライアントを増やしつつある。
IPO監査に一生を懸ける、その原点
インタビューを通して、終始熱い想いを語る姿が印象的な瀧野氏だが、彼はいつからIPO監査に携わっているのだろうか。そのきっかけはなんだったのだろうか。
瀧野氏は大学卒業後、社会人受験生として公認会計士試験の勉強を開始。しばらく続けてみたものの「勉強はまったく面白くなかった」という。
前向きになりきれないまま勉強を続けていたころに、当時、新進気鋭の外食ベンチャーであったワタミの上場ニュースが飛び込む。
若い経営者がIPOを達成し喜ぶ姿が目に焼きつき、ワタミについて調べてみたところ、創業者の渡邉美樹氏の「トーマツでIPOを担当するトータルサービス部にお世話になった」との発言を目にする。
その瞬間、瀧野氏は「これだなと思った」そうだ。
ここから勉強にも身が入る。試験に合格し、トーマツに入所。念願だったトータルサービス部の配属となる。同氏のIPO監査人生が始まった瞬間だ。
入社翌年の1999年にはマザーズ市場が開設されることから、IPOに脚光が当たっていた時期でもあった。しかも、アサインされたのは、設立1年も経っていないサイバーエージェント。同社は、そこからわずか1年数ヶ月後の2000年3月、創業2年で東証マザーズへの上場を果たす。
私はスタッフに始まり、主任として、最終的にはパートナーとして、数々のIPOに携わりました。そのなかでもキーとなったのはやはり、新人時代にサイバーエージェントのIPOを間近で見届けたことです。
IPO監査においては、経営者や会社の方々に、かなり厳しいことも言わなければいけない場面も確かにあります。しかし、会社が課題を克服してIPOを達成した瞬間の感動は何事にも代えられません。IPO監査は私にとっては一生を懸けるに値する仕事です。やめられませんね(笑)。
初めてのクライアントのIPO達成の瞬間から20余年、瀧野氏はトーマツから独立し、残りの会計士人生を、すべてIPO監査に懸けることを決意した。
しかし、大手監査法人のパートナーという社会的立場や高額な収入を捨て、新たな監査法人を起ち上げることに不安はなかったのだろうか。
IPO監査難民問題も一段落する兆しがあり「今からIPO監査専門の監査法人を設立しても、もう遅いんじゃないか」といった声もありました。
しかし昨今は、起業してIPOを目指す起業家がどんどん生まれていますし、大手以外の監査法人に対するIPO監査の需要の高まりも感じています。何より私自身が、IPO監査の達成感は何事にも代えられないと心から思っている。だから、不安はなかったですし、考えすらしませんでした。それくらいこの仕事が好きなんです。(瀧野氏)
私は「IPO監査専門の監査法人」は経営的にも十分に成立すると思っていました。
20年以上この分野に携わってきた会計士が何人も集結しているので、ノウハウも溜まっている。品質管理の面でも心強いパートナーが加わってくれた。不安はありませんでしたね。(中山氏)
「IPO専門監査法人」、その強みとは?
ひと昔前までは、IPO監査のマーケットは大手監査法人の寡占市場であった。「IPOに向けての監査人は大手監査法人とすべき」といった風潮があり、その結果がIPO監査難民問題を生んでしまっていた側面もあるだろう。
しかしながら近年では、IPO準備企業も証券会社も、大手監査法人にこだわることがなくなり、金融庁も「株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の選任等に関する連絡協議会」(2020年開催)において、品質管理体制が構築された中小監査法人がIPO監査の担い手となることを期待するレポートを出している。
実際、IPO監査市場においては、2018年には86.7%あった大手監査法人のシェアは、2023年には47.9%にまで低下し、中小監査法人の存在感が大きく高まっている。
監査法人の規模別シェア(出典:公認会計士ナビ)
大手以外の監査法人がIPO市場で実績を出すための土壌は、整ったといえるだろう。
数々の中小監査法人がIPO監査に名乗りを挙げる群雄割拠の時代、Growthの監査法人としての強みはどこにあるのだろうか?
Growthには3つの強みがあると瀧野・中山の両氏は語る。
ひとつめは「専門であること」だ。
どの監査法人でも商品となるのは「監査」だが、クライアントが契約前にその差を把握することは難しい。そんな中で、Growthが「IPO専門」を謡うことは、その専門性をわかりやすく訴求することにつながる。
実際の監査業務におけるその専門性の高さはもちろんのこと、瀧野氏は、「IPO専門」という方針が「私たち自身にとっても、行動指針として筋が通っているし、その言葉通り矛盾なく動けるのは大きな強み」だという。
ふたつめは、IPOを目指す企業に合わせた「スピード」だ。
準大手以上の監査法人では法人内の受注会議を経なければ、受注はもちろん提案もできない。IPO準備企業からの相談を受けても、定期的に開催される受注会議を待ってからの提案となり、多くのIPO準備企業やスタートアップとのスピード感に差があることは否めない。
しかし、Growthには、即座に提案も受注も行う体制がある。そのスピード感はこの数ヶ月で関与したIPO関係者たちに驚かれたほどだ。
そして、Growthの最大の強みとして最後に挙がるのが、メンバーの「情熱」だ。
代表の瀧野にはIPO監査に対しての熱意があります、実際にお会いいただければ誰でもそれを感じると思います。実際、クライアントからもその点を評価いただき「一緒にやっていけると思った」と言っていただくことも少なくありません。(中山氏)
差別化の難しい監査という仕事において、新興監査法人ならではの「専門性」「スピード」、そして包括代表パートナーである瀧野氏の「情熱」は誰でも真似できるものではなく、IPO監査業界において大きな武器になるだろう。
IPO監査の「品質」と「ホワイトな働き方」で成長を目指す
新興監査法人としての監査品質へのこだわり
Growthの監査法人としての強みを語ったが、大事なものについて言及できていない。「監査品質」だ。
一般には、監査品質は大手の方が高いと言われる。しかし「Growthの監査品質は、大手監査法人並に高いレベルにある」と、瀧野氏らは胸を張る。
Growthの品質について見ていこう。
まずはパートナーを始めとした、Growthのメンバーの面々だ。
繰り返しになるが、瀧野氏や中山氏をはじめ参画しているメンバーの大半は大手監査法人で、様々な形でIPOやベンチャー企業に関わってきた。IPO監査はもちろんのこと、テクニカルセンター、リスクアドバイザリー部門、大手証券会社の公開引受部門などの経験を有する多様なメンバーで構成される。IPOやベンチャー、そして監査やガバナンスはもちろんのこと、その周辺領域も含めて豊富な知見を有している。
また同社パートナーのひとりである三富康史氏は、トーマツ時代にトータルサービス部やIPO支援室を経た後に、品質管理部の審査室に所属。その後、日本公認会計士協会に出向し、様々な監査法人の品質管理レビューに携わった人物だ。彼が目を光らすことで、Growthの品質はさらに高まっている。
監査法人Growthのパートナー陣(敬称略)
(上段:左から)瀧野恭司/木村尚子/原井武志/木村圭志
(下段:左から)青木信賢/三富康史/中山太一/草野耕司
そして監査人の「指導的機能」についても、上場会社に対してとIPO準備会社とでは、本来その意味が異なるはず。IPO監査専業の監査法人として、十分な指導的機能の発揮をしていきたいと、瀧野氏らは意気込む。
やはりIPO監査は、上場企業監査とは少し違うのです。
批判的機能だけではなく、独立性を損なわずに指導的機能を発揮して、クライアントに伴走しながら一緒に会社を良くしていかなくてはならない。品質を担保しながらもそういった考えを共有できているのが、Growthの何よりの強みです。(瀧野氏)
これらの強みを活かしてGrowthは、立ち上げから9か月経過した今、多くのIPO監査を受嘱しているという。Growthの快進撃はまだまだ続きそうだ。
Growthのオフィスには情報セキュリティ担当者専用ルームも完備
法人の成長とホワイトな労働環境は急成長のための両輪
IPOを目指す企業たちが大きく成長していくように、Growth自身も大きく成長することを志向している。
瀧野氏は、「将来的には大手監査法人以上の新規IPO企業の監査を担当するまでに成長し、IPO業界のインフラとして存在感を発揮したい」と意気込む。
既に契約しているクライアントの中にはN-1期の会社もあるそうで、早ければ2025年にはGrowth初となるIPOが出てもおかしくない。
他方、監査法人を成長させるには、クライアント数にふさわしい人員も確保していかなければならない。そのため、まずは現場を固めるIPO監査経験が豊富な中堅層の採用に注力しているというが、「2024年11月の公認会計士試験合格者の定期採用も行っていく」と瀧野氏らは将来を見据える。
とはいえ、昨今の監査法人の忙しさは会計士なら誰しもが知るところだ。会計士不足も相まって、採用も簡単ではない。
この点Growthは、自社をブラックな監査法人にするつもりはさらさらない。目指すは「ホワイト監査法人」だ。
いくら高品質な監査ができる環境を整備しても、あまりに忙しすぎては、そこには負担やミスが生じかねず、結果的にしっかりとした監査はできません。
それに、これからの時代はホワイトな労働環境でないと存続もできないでしょう。職員にはある程度余裕のある業務量を設定し、高品質なIPO監査に臨んでもらう。それがGrowthでの働き方です。(瀧野氏)
取材中、瀧野・中山両氏は終始、和やかな雰囲気で、冗談も交えながら明るく受け答えをしてくれた。その姿は、真面目で大人しい人間が多いこの業界で、とても印象的だ。
彼らなら、クライアントや業界、ひいては日本のためになるIPO監査を、「ホワイトに」牽引してくれるだろうと、自然と期待してしまう。
最後に、包括代表パートナーである瀧野氏に、読者の公認会計士の皆さんへのメッセージをもらった。
上場企業より指導的機能の発揮が求められるIPO監査業務は面白いですよ。こんなにやりがいのある監査業務は他にないと私は思っています。
もしIPO監査に興味があれば、ぜひGrowthの門を叩いてみてください。IPO監査業務をやったことがなくても大丈夫です。我々はまだ立ち上げたばかりの若い法人です。一緒に組織文化を作り、日本のIPOに貢献していきましょう。
IPO監査に精通した公認会計士たちが集結し、設立された監査法人Growth。IPOを目指す次世代の成長企業への高品質な監査を通して、日本の未来に貢献してほしい。
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