税理士や公認会計士はテクノロジーに淘汰されるのか?
ここ数年、「クラウド会計」「フィンテック」「人工知能」などのバズワードが士業の世界でも聞かれるようになった。
マスコミやメディアは「これからはクラウド会計の時代」「Fintechによって金融システムが大きく変わる」「人工知能によって将来、税理士や会計士の仕事はなくなってしまう」とセンセーショナルに書きたてる。
ネットを見れば、クラウドを使いこなしている会計事務所の事例がここそこで掲げられ、「やり手の会計事務所は既にクラウド会計ソフトを使いこなしている」と見えないプレッシャーがかかる。
一方で、確かにクラウド会計ソフトのユーザーは増えているものの、
「クラウド会計ソフトを利用している顧問先はごく一部、そこまで利用されているのか?」
「クラウド会計ソフトの利便性は理解できるが、まだまだデスクトップの方が使いやすい。みんなどこまで使いこなしているのか?」
と昨今のクラウドブームがすっきり腹落ちするわけではないとの声も会計事務所からは聞かれる。
クラウド会計ソフトに関して言えば、現在の状況は間違いなく「黎明期」または「過渡期」と言えるだろう。
こういった現状において会計事務所はクラウド会計などの新しいテクノロジーへの流れに対してどう対応していけば良いのか?
去る10月21日に会計事務所向け弥生会計の最新バージョンである「弥生会計 17 AE」をリリースした弥生株式会社の代表取締役社長・岡本浩一郎氏がそれに対する解のひとつを提示してくれた。
岡本 浩一郎(おかもと こういちろう)
弥生株式会社 代表取締役社長
1969年、神奈川県生まれ。東京大学工学部を卒業後、野村総合研究所に入社。約7年に渡りエンジニアとして大企業向けシステムの開発・構築に携わった。その間、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のアンダーソンスクールに留学、MBAを取得。1998年、ボストン コンサルティング グループへ転職し、多様な企業のコンサルティングに携わった後、2000年に起業。設立したリアルソリューションズを通じてコンサルティング事業を展開。2008年4月より現職。弥生ブランドの強化と実績の再成長とを実現している。
クラウド会計ソフトはどれくらい使われているのか?
意外と高くない普及率
そもそもクラウド会計ソフトはどれくらい使われているのだろうか?
去る9月28日に行われた「弥生ラウンドテーブル」にてクラウド会計ソフトの普及率に関する数字が示された。
弥生による推計では、クラウド会計ソフトのユーザー数は、
- 個人事業主…6.1万~13.4万(会計ソフトを利用する個人事業主の9.2~9.9%)
- 法人…0.7万~1.8万(会計ソフトを利用する法人の1.0~2.5%)
という数字が浮かび上がった。
クラウド会計ソフトは、個人事業主には普及し始めているが、法人への普及はまだまだという状況である。
岡本氏は「クラウド会計ソフトは普及していく」と語りつつも、そのペースに関しては「5年後に新規で購入される会計ソフトの5割がクラウドに、実際に利用される会計ソフト全体では10年で5割くらいがクラウドになるイメージだと考えている。」と語る。
なぜ法人への普及は遅いのか?普及の鍵を握るのは…!?
一方で、岡本氏は「今後のクラウド会計ソフト普及の鍵を握っているのは会計事務所」とも指摘する。
賢明な税理士や会計士の方々なら想定の範囲かもしれないが、弥生の調査によると法人へのクラウド会計ソフトの普及ペースが個人事業主よりも遅いのは「申告までのプロセスの違い」に理由があるという。
決算書の作成から申告までを自己完結で進められる個人事業主と違い、法人の場合はその約8割が何らかの業務を会計事務所に委託している。
そのため、法人は会計ソフト選びにおいても会計事務所の推奨を重視しているということも弥生の調査によって明らかになっている。
会計のプロはクラウド会計ソフトにはまだ満足していない!?-会計事務所が躊躇する理由とは
また、岡本氏は日々、全国の会計事務所とコミュニケーションをとっているなかで、クラウド会計ソフトに対する会計事務所の声も気になっていると言う。
「会計事務所の皆様と話していると、その多くが“クラウド会計ソフトは非常におもしろいし、便利だと思う”と仰いますが、同時に“ただし、自分たち会計事務所が使うとなると実感がない”とも仰います。
クラウド会計ソフトには、銀行口座やクレジットカード明細の自動取込とその自動仕訳など便利で革新的な機能もあるのですが、その一方で、入力スピードがインターネットへの接続速度やPCの性能に影響を受けるなど、その操作性は会計事務所が使うにはいまひとつ実用的ではないという面もあります。」
事実、弥生が行ったアンケート調査でも、多くの会計事務所がクラウド会計ソフトへの対応に慎重だとのデータが出ている。
現状における最適解は?弥生が提供するもうひとつの選択肢
こういったクラウド会計ソフトの普及状況や会計事務所の声を受けて、岡本氏は「クラウドの時代は来ると思うが、普及率からもわかるように会計事務所は過度に焦りすぎなくて良いと思います。現実に即した導入を行っていくことが重要です。」と呼びかける。
一方で、弥生としても新しいテクノロジーやそれによる業界の発展を否定するわけではない。そもそも弥生のクラウドに関する構想は社内では7~8年前から言及されており、2014年にリリースした個人事業主向けのクラウド会計ソフトではトップシェアも獲得している。
【弥生のクラウド会計ソフトのリリース歴】
2014年1月 | やよいの白色申告 オンライン リリース |
2014年10月 | やよいの青色申告 オンライン リリース |
2015年7月 | 弥生会計 オンライン リリース |
こういった状況の中で、弥生は去る2016年10月6日、会計事務所のクラウド対応やクラウド会計ソフトの普及を推進する解のひとつとなる発表を行った。
「デスクトップかクラウドかの一択ではなく、新たな選択肢を会計事務所に提供する」
岡本氏がそう語った新たな施策は「弥生会計 17 AEと弥生会計 オンラインのデータ共有」である。
弥生会計 17 AEとは?デスクトップ型会計ソフトで顧問先のクラウド会計ソフトへ対応
弥生会計 AEは弥生が提供する「会計事務所専用の会計ソフト」だ。
デスクトップ型の会計ソフトであり、高速仕訳入力、消費税申告書・各種消費税届出書の作成など、弥生会計の使いやすさそのままに会計事務所作業に必要な機能を搭載、弥生のパートナープログラムである弥生PAP*の会員会計事務所が利用することができる。
*弥生PAP:弥生の提供する会計事務所向けパートナー制度。2016年9月末時点で7,302会員が所属。入会や会費に関しての詳細はこちら。
今回、弥生会計 AEの最新バージョンである弥生会計 17 AEでは、このデスクトップ型の弥生会計 AEとクラウド型の弥生会計 オンラインのデータ共有が可能となった。
顧問先(事業者)が利用するクラウド会計ソフト(弥生会計 オンライン)のデータが、会計事務所専用のデスクトップ型会計ソフト(弥生会計 AE)に同期、また、その逆であるデスクトップからクラウドへの同期も行われる。
これによって会計事務所がデスクトップ型の会計ソフト・弥生会計 AEを使いながら顧問先はクラウド会計ソフトである弥生会計 オンラインを利用できる環境が実現する。
今回のバージョンアップに関して岡本氏は「クラウドとデスクトップを組み合わせることによって価値を出せるのではと考えていた」と語る。
「弥生会計 オンラインのリリース前から、法人へのクラウド会計ソフト普及の鍵は会計事務所が握っているだろうと想定はしていました。しかし実際に弥生会計 オンラインをリリースしたところ、顧問先にクラウド会計ソフトの利用を推奨することに対して、会計事務所は想定よりも慎重だと感じました。
当社としては納得の行くクラウド会計ソフトをリリースできた自負はあったものの、こういった反応を見て、クラウド会計ソフトを会計事務所にとっても、より使いやすいものにする努力をしていくべきと再認識しました。クラウド会計ソフトの利用を顧問先に推奨するにあたり、何がボトルネックになっているのか、会計事務所のニーズや不安に十分に応えるにはどうしたら良いのかを調査し、突き詰めていった結果が今回のデータ共有でした。
今回のバージョンアップにより、業務効率が落ちてしまうことを理由に、顧問先へのクラウド会計ソフトの推奨をためらっていた会計事務所は少なくなるでしょうし、クラウド会計ソフトを積極的に推奨するとまではいかなくとも、顧問先が使いたいと言った時には躊躇しない会計事務所は増えるだろうと考えています。」
税理士や会計士の仕事は明日クラウドやAIに淘汰されるわけではない
現在のような変化の時代においては、税理士や公認会計士はどう動いていけば良いのだろう?
岡本氏はインタビューの最後に弥生のスタンスをこう語ってくれた。
「ここ数年の会計事務所業界はクラウド会計やAIといった言葉に煽られている部分もあると思います。もちろん、そういったテクノロジーが将来的に影響してくると思いますが、明日そうなるわけではありません。まずはそういった選択をし始めれば良いのです。
クラウド会計への対応においても、ネットの情報だけ見ていると、能動的に動いている会計事務所の声が多く伝わってきますが、実際はまだまだどうすれば良いか考えあぐねている会計事務所が多数派です。
弥生としても、会計業務3.0や商取引3.0といったビジョンを打ち出し、会計業務やそれに付随する商取引が自動化・効率化された世界を実現していきたいと考えていますが、新しいテクノロジーを示して早く付いて来るように煽るのではなく、目の前にある現実を踏まえ、会計事務所の皆様のパートナーとしてペースを合わせながら一緒に進んでいきたいと考えています。弥生は今後も多様なツール、多様なサービスを選択肢として提供していきますので、それらを会計事務所の皆様が、得意分野のなかでアレンジし、自由に活用していただきたいと思います。」
今回の弥生会計 AEのバージョンアップや弥生のメッセージは、デスクトップからクラウドの時代へ、そして、その先のよりテクノロジーが進化した新たな士業の時代へと、変化に直面していく会計事務所業界にとって解のひとつとなり得るものだと言えるだろう。