様々な公認会計士にスポットライトを当てるシリーズ企画 公認会計士のリアル。
日本経済が成熟し、公認会計士にも多様性が求められる時代において、監査法人を飛び出した公認会計士たちはどのようなキャリアを歩んでいるのだろうか・・・
ビジネスの第一線で活躍する若手公認会計士が彼らのキャリアや日々の想いをリアルな言葉で語ります。
第3回 著者 萱場 玄(かやば げん)
第3回は、TMF シンガポールにてダイレクターを務める公認会計士・萱場 玄氏による執筆です。
数年前と比較すると日本の会計・財務マーケットも大きく様変わりしています。監査やFASの報酬水準も低下し、公認会計士の増加により、競争も厳しくなりました。一方で、公認会計士のクライアントとなる企業は、グローバル化の進展に対応するために積極的に海外へと進出するなど、公認会計士にとって新たなビジネスチャンスとなり得るフィールドも広がってきています。日本の公認会計士が海外を舞台に働くというのはどのようなことなのか。萱場氏が語ります。
【著者】
萱場 玄(かやば げん)/公認会計士
TMF シンガポール ダイレクター
1978年生まれ。兵庫県西宮市出身。2002年に公認会計士2次試験合格後、現あずさ監査法人大阪事務所へ入所し、主に製造業の会計監査に従事。その後、東京共同会計事務所にてSPC決算、SPC監査、DD、各種評価、ストラクチャードファイナンス、国際税務、IFRS、その他会計税務コンサルに携わった後、2012年4月よりシンガポールへ移住。TMF GROUPシンガポールオフィスのダイレクターとして、日系企業のASEAN進出をサポート中。(経歴は執筆時のものです。)
- 萱場 玄 twitter: @Gen_Kayaba
- 公認会計士 萱場玄 Facebookページ
日本から世界へ -海外で勝負することを決めた理由
2012年4月、私は家族とともにシンガポール・チャンギ国際空港へと降り立ちました。これまで30年以上暮らした日本を離れ、シンガポールで働くためです。チャンギ国際空港では、これから始まる海外でのキャリアへの高揚感と、初めての異国の地で家族を養っていかなければならないという責任感がほどよく交わり、心地良い緊張を感じたことを覚えています。
シンガポールに降り立つ数ヶ月前、当時、東京の中堅会計事務所で勤務していた私は、シンガポールで働くことを決意していました。それまで海外で働いたことがあったわけでもなく、シンガポールに特につてがあったわけでもないですが、転職先が決まる前にまずはシンガポールで働くことを決めました。
私が、次のキャリアを磨く場所としてシンガポールを選んだのにはふたつ理由がありました。
ひとつは、
「経済成長の著しいアジアの中心に身を置いて高度経済成長を体感するため」
もうひとつは、
「将来、子供にもグローバルで活躍するという選択肢を持ってもらうため」
です。
日本という国は、高度経済成長期やその後のバブル期に世界が驚くほどの成長をしましたが、その背景には個々の企業努力だけではなく、労働人口の増加や、戦後の資本主義経済の拡大など日本全体が大きくスケールする条件が揃っていたということが大きかったと思っています。
しかし、残念ながら、私が社会人となったときには、日本は既に「失われた20年」の真っ只中であり、その劇的な経済成長を体験することができませんでした。もちろん、単純に自分自身が成長するためならば、どんな環境であれ必死に努力をすれば良いわけですが、縮小するマーケットよりは拡大するマーケットの方が見返りは大きいに決まっています。同じ才能で同じ努力をし、同じ行動をしたならば、その成果は後者の環境の方が大きいのではないでしょうか。
また、これまでの日本は20年低成長が続いていましたが、過去の経済発展の恩恵を受け、かつ、日本語という特有の言語や独特の商慣習など、閉鎖的な文化のおかげで若者にとってもまだまだ恵まれた環境でした。言い換えれば、先人達が残した遺産により若者は大した努力をしなくても十分な教育が受けられ、職に困ることもなく貧困に窮することのない時代が続いてきました。しかし、継続的なGDPの停滞や今後の日本全体の高齢化、人口減少に伴う内需の縮小、それを打破する政治力の欠如などを考えると、今後はもしかしたら先人達が残した遺産を使い切ってしまう日が来るかもしれません。失われた20年は20年に留まらず、30年、40年と続くかもしれません。そしてそれは自分の世代だけではなく、むしろ時が経てば経つほどに加速するかもしれません。
自分のビジネス人生は残りあと30年、正直、日本に居ても経済的に困ることはないでしょう。しかし、急速に均一化に向かっているこの世界の状況において、子供や孫の世代では話は別です。私のたどり着いた答えは
「子供や孫には、日本にとらわれず活躍できる基礎を与えてあげなければならない」
ということでした。
上記の2つの理由を背景に、世界の人口推移や経済成長の見込み、母国である日本との距離などを勘案した結果、アジアに身を置く決断をするのに時間はかかりませんでした。
アジアに身を置くことを決めた私は、アジアという超成長経済圏の中においてひときわヒト・モノ・カネ・情報が集まる国… 英語中国語を公用語とし、国際税務の世界でもとりわけ話題の多い、アジアの首都とも言える存在…
シンガポールを選ぶことにしたのです。
日本の公認会計士がシンガポールで働くということ
このような経緯で私はシンガポールで働くことを決めたのですが、不思議な事に強く願うと運というものは舞い込むもので、人伝いでの縁を頂き、TMF Groupのシンガポールオフィスからオファーを受けることとなり今に至ります。
ここで、日本の公認会計士がシンガポールで働くということについても少し述べてみたいと思います。
アジア全体をカバーするTMF Groupでのミッション
現在、私はTMF Groupという世界120ヶ所以上に自前でオフィスを持つ独立系大手アウトソーシング会社に勤務し、シンガポールにあるジャパンデスク(日本企業担当部門)の責任者として、東南アジア全域をフィールドにビジネスを行なっています。仕事内容としては、東南アジアへの新規進出や、現地に既に進出している日本企業のバックオフィスサポートの統括をメインとし、TMFジャパンデスクとしての東南アジア地域におけるマーケティング、営業、価格決定、デリバリー、予算管理、人材採用、育成など、幅広い権限と責任を与えられ、大きなプレッシャーを感じつつも非常にやり甲斐のある日々を過ごしています。
私の所属するこのTMF Groupは、アジアを含め世界各国にネットワークがあることから、どの国に行ってもTMFのオフィスを利用することができ、グループ全体でアウトソーシングに関する高度なナレッジが共有されています。そのため、私も活動拠点はシンガポールにありますが、担当する地域はシンガポールにとどまらず、インドネシアやマレーシアなどの東南アジアや香港などの東アジア、そして、日本への出張も含めてアジア全体を飛び回る生活を送っています。
クライアントは、個人で起業した小規模企業から日本でも有名な超大手上場企業まで幅広く、業種に関しても製造業やサービス業、SPCに至るまで様々です。また、ジャパンデスク責任者といえども、現場に出てクライアントを直接サポートしており、経理や給与計算といった会計や事務代行のみならず、クライアントのビジネスに関するディスカッションに参加したり、人脈を活かしてクライアントが必要としている業者を紹介したりするなど、『公認会計士』という枠にとどまらずにビジネス全般をサポートしています。
“日本の公認会計士”という信頼と日本での経験が活きる環境
このように、シンガポールを含む東南アジアを中心として、時にアジア全体を飛び回っているのですが、クライアントやビジネスで知りあう日本人の方々からは“日本の”公認会計士ということで少なからず信頼して頂きやすい部分があると感じます。やはり日本のビジネスパーソンの方々にとっては、日本とは勝手の違う海外において、日本の事情を理解し、日本の国家資格という「お墨付き」がついた公認会計士であるということは安心や信頼につながっているように思います。
また、公認会計士はあくまで日本の資格であり、会計士試験自体は海外の会計基準や税法をカバーしているわけではありませんが、会計基準の世界統一化も進んでいます(シンガポールGAAPはほぼIFRSと同等)し、税法も日本の税法のコンセプトを理解していればそこまで理解不能な世界ではありません。会計税務も結局はビジネスという全体の中の一つのカテゴリに過ぎませんので、幹がしっかりしていれば葉の色を変えることは可能ということなのでしょう。
例えば、私の場合、監査法人にてグローバル企業の主査をしていた経験がありますので、アジアに製造拠点を持つ日系企業へは本社の状況や意向を踏まえたうえでのアドバイスをすることができますし、親会社への連結パッケージの仕組みや親会社での連結作業の流れなども把握しながら東南アジア子会社の現地社長からの御要望をお聞きすることができます。また、前職の会計事務所では、FASや国際税務の経験を積んでいたことから、シンガポールの中間持株会社傘下のストラクチャーの相談にのることもありますし、金融分野(特にストラクチャードファイナンス)の知見を活かして国境を跨いだファンドストラクチャーの話もできます。さらには、実際に会計ソフトに入力し決算を組んだ経験が記帳代行の所用時間の見積もりをすることにも役立っていますし、デューデリジェンスの経験は新興国の子会社が抱えるリスクを浮き彫りにさせることもあります。私の場合は会計事務所での経験もありましたが、監査法人の経験しかない公認会計士でも、 “監査経験を応用する”ことによって公認会計士は様々なフィールドでバリューを発揮することができると思います。これは日本だけでなく海外においても同じで、公認会計士は、『会計税務』という世界共通言語をベースに十分に世界で勝負できる職業だと思います。
アジアではキレイな英語なんて必要ない。まずは飛び込むことが大事
日本人がグローバル社会で活躍するためには、語学力が大きな壁になっていると言われますが、アジア、特にアジア最大の経済大国である中国ビジネスにおいては、漢字が読める日本人は欧米人と比較して一定のアドバンテージがあると感じます。もちろん、中国ビジネス以外で実際に漢字を利用するわけではないですが、日常的に漢字を目にすることも多いここシンガポールにおいては、漢字へのリテラシーがあることによってコミュニティへの溶け込みもややスムーズになる印象があります。
また、多くの方が気にされるであろう『英語』ですが、アジア人の英語は決して教科書のような綺麗な英語ではないため、綺麗な英語が話せなくても(日本人英語でも)それ自体が大きなボトルネックや不利益になることはありません(日本人と悟られるとボッタくられるぐらいでしょうか)。そもそも「綺麗な英語」というものは、日本のアメリカ英語による教育が生んだただの幻想だともいえます。ただ、“綺麗な英語が不要な環境”にも良し悪しはあり、クセや独特の訛りがあるシンガポールの英語(シングリッシュ – Singlish – と呼ぶ人もいます)やアジア人の英語は、英米英語を聞き慣れた日本人であれば聞き取りにくいことも多く、独特の訛りや文法の適当さもあるため、こちらで英語を使っていても必ずしも英語が上達するわけでもありません。さらに、アメリカ英語を話してもむしろ聞き取ってもらえないことが多く、ジャパニーズイングリッシュの方がどちらかというと通じ易い印象すらあります。
日本のみなさんが海外で働きたいと思ったとき「どこまで英語力を高めてから海外に行けばいいのだろう?」と悩まれる方も少なくないと思いますが、何よりもまずは現地に飛び込んでみることが大切だと思います。私自身、日本にいた頃にビジネスの現場で英語を頻繁に使い自信をつけて来たわけではありません(もちろん相応の努力はしていましたが)し、シンガポールでも、全く英語ができなかったにもかかわらず現地スタッフを雇って身振り手繰りのサバイバルイングリッシュでこなしている人もいます。もし語学力だけが理由で迷っている方がいればまずは一歩踏み出してみることを強くお勧めします。
シンガポールで感じるアジアの現状
シンガポールに移住してみると、日本では意識できなかった様々なことに気が付きますし、多国籍、多文化な環境から自分自身も多くの刺激を受けます。
文化の違いや国境の意味 -本質に集中する
例えば、シンガポールに来て大きく変わったことが文化の違いや国境に関する認識です。
シンガポールという国は、5百数十万人の人口のうち、中華系(過半数)、マレー系、インド系、欧米系など複数の人種で構成され、また、最近はやや方針は変わりつつありますが、人口の3分の1近くが外国人の多民族国家です。そのため、シンガポールにいると公私共に文化の違いを受け入れることは当たり前になります。
例えば、職場環境にしても、日本では定時きっかりにオフィスに来るのは当たり前ですが、シンガポールではタイムカードすらない会社も多くあります。また、周囲のビジネスパーソンが毎週のように海外に飛んでいるのを見ると、国境の意味がどんどん薄れていっているとも感じます。 同じようなバックグラウンドや価値観の人達の中で働いていた日本での生活と違い、様々な価値観を持つ人々に囲まれている現在の状況においては、ビジネスにおいても共通の価値観を持つことは簡単ではありませんし、むしろ、ワークスタイルや考え方など形式や表面的な違いにこだわるのではなく、本質的なことに集中し、唯一、周囲と共通する“ビジネスで結果を出す”ということにフォーカスすることの重要性を日々感じています。
教育や子どもたちの将来
シンガポールでは、私と同じく幼い子供のいる友人家族との付き合いもありますので、子供の教育方針についてもいろいろと話す機会があります。
子供の教育に関して、こちらの日本人の考え方は大きくふたつに分かれ、「将来、日本に戻った時に馴染めるように育てたい」と日本に近い教育を希望する人と、私のように「国際人に育って欲しい」と日本の教育にはこだわらず育てるタイプの人がいるように思います。もちろんどちらが良いとか悪いとかはないのですが、私は自分の選択肢がきっと子供のためになると(今のところ)確信をもっていて、ぶれることなくやり遂げなければならないと考えています。実際に私の子供も英語も中国語も話すようになっているようで、子供の吸収力には眼を見張るものがあります。
前述のとおり、私がシンガポールを選んだ大きな理由のひとつには「これから数十年はアジアの時代が続き、シンガポールはその中心だ」と考えたことが大きかったのですが、シンガポールの多国籍な環境で、豊かな感性を身に付け、国際人として活躍できる人間に育っていって欲しいと思います。
シンガポールの日本人ビジネスパーソン達
シンガポールという国は、多国籍な分、ビジネスパーソンのクオリティの差は激しいです(笑)が、全体的に志の高い人が多く、前向きな明るい話題が多い環境です。一方、日本とは比べ物にならないグローバルな環境にも関わらず、日本では当然にあるビジネスがまだ入ってきていなかったりもしますので、そこにビジネスチャンスがあったり、実は未参入の背景には相応の理由があったりするなど、そういった背景が見えてくるのが非常に面白かったりもします。
そんなシンガポールですので、魅力的な人達との出会いも多数あります。 大きく分けて、シンガポールで私が知り合う日本人ビジネスパーソンには大きく3つのタイプの人がいるように感じます。
- 日本からシンガポールに赴任してきている駐在員
- 自ら勤務地を選択し、この国に渡り現地で直接採用(現地採用)されている方
- 起業家
1の方々は、さすがにグローバル企業のエースとしてアジアの要であるシンガポールに赴任してきている人たちだけあって、ビジネスパーソンとして優秀で、突破力というか勢いのある人が多いと感じます。 また、2の方々は私と同じような思いを持って海外に出てきている、特に若い独身の方が多いように思います。
3の方々は、日本での事業が(いい意味で)一段落しアジアで再スタートしている方や、日本での事業の延長でアジアに拡大している方など、事情は様々ですが、共通しているのは「成長市場を狙ってアジアを攻めにきている」方々です。彼らからは非常に多くの刺激を受けますが、時代の波に乗ることの大切さや、アジアで生き抜くたくましさ、攻める姿勢、成功後の羨ましい生活(笑)、高い志や野望みたいなギラギラした雰囲気、「24時間365日、常にどうやったら儲かるか考えている」といったビジネスに対する情熱は見習わなければなりません。
シンガポールという国に来て、ここで様々な人達と関わり、そして、公認会計士としてビジネスに取り組んでみて、私の価値観は大きく変わりました。
シンガポールという国は、今後、世界がグローバル化していく上での世界の縮図ともいえ、賃金、物価や為替など、これから急激に均一化していくであろう世界を予感させます。インターネットなどテクノロジーの進歩もそれを後押しするでしょう。
もう、国境は従来ほどにビジネス上の障害ではありません。
会計の世界においても、遠からず、新興国の安価な労働力や自動化するコンピュータに仕事を奪われる時代がくるでしょう。
そんな中、自分はこれからどのようなキャリアを積んでいくのか。このアジアの勢いや熱い追い風を感じながら、私はこれからもアジアに「張る」つもりです。