会計業界が成熟し、少子高齢化の進展で日本経済の縮小が予想される中、ビジネスの多角化や新サービス開発に苦慮する会計事務所は少なくない。
新たなサービスを手掛けるにしても、IPO支援や財務デューデリジェンスなどは多くの会計事務所が手掛けているため、わかりやすい差別化には繋がらないケースも多いだろう。
では会計事務所に新サービス開発はできないのか。いや、そんなことはない。
実際、東京共同会計事務所は、EPA原産性調査の自動車業界標準システム「JAFTAS」を筆頭に、これまでいくつもの新サービスを開発しており、現在も「新サービスの種」を探している。
東京共同会計事務所はどのようにその種を探すのか、その危機感のきっかけは何か、サービス開発に携わる人材の育成には何が必要なのか。
「事業開発に取り組む若手公認会計士を求めている」という同事務所の代表・内山隆太郎氏と、事業開発に携わる元杭康二氏の二人の公認会計士に話を聞いた。
リーマンショックを経て。次の時代の柱は「フィロソフィ」だ
東京共同会計事務所は証券化やSPC税務のパイオニアとして、会計事務所業界のみならず金融業界においても知られた存在だ。
そんな同事務所はこれまで、後述する「JAFTAS(ジャフタス)」を筆頭に、新サービス開発を進めてきた。
そのきっかけとなったのは、リーマンショックだ。
以前から、東京共同会計事務所はSPCなどのファンド管理や証券化税務を主なビジネスとしている。同分野に特化することで、業界でも「SPC・証券化といえば東京共同会計事務所」という高い地位を築いてきた。
しかし、2008年、リーマンショックが起こり、同事務所代表の内山氏は、ファンド金融経済の終わりを予感する。そして、その予感通りに、金融業界の勢いが弱まったのは周知の通りだ。
内山 隆太郎(うちやま りゅうたろう)
東京共同会計事務所
代表パートナー 公認会計士・税理士
慶應義塾大学在学中(1985年)に公認会計士試験2次試験に合格。1987年、監査法人中央会計事務所入所。1990年、中央クーパース・アンド・ライブランド国際税務事務所へ転籍。1991年、同事務所のマネージャーに昇格。1993年、28歳で独立し東京共同会計事務所を設立。証券化、ストラクチャード・ファイナンス分野のパイオニアとして、国内外の大手金融機関や不動産会社、総合商社などをクライアントにサービスを提供。
とはいえ、経営者として手をこまねいているわけにはいかず、内山氏は「次の会社の柱となるビジネスモデル」を探すことにした。
そのためには、前提となる次の社会の潮流を捉えなくてはならない。
内山氏が行き着いた答えは「大企業」。
今後はファンドを中心とした金融経済ではなく、大企業、それも米国ではIT企業かもしれないが、モノづくりの国日本では、巨大製造業がドライバーとなって経済が成長すると睨んだのだ。
リーマンショック以前のファンドは、基本的には「儲かるかどうか」を基準に物事を判断していました。そのため、それを支える会計事務所に求められるのは、正確な会計・税金の知識や、SPCを真面目に管理することだったんです。
では、企業中心経済の時代が到来すると、それまでと何が変わるのか。その答えは「企業理念=フィロソフィ」だと私は考えました。(内山氏)
近年、「パーパス」や「サステナビリティ」「インパクト」といった言葉は注目を集めている。リーマンショックから15年以上経った今でも、内山氏の言う「フィロソフィ」は重要視されており、氏の先見の明が窺える。
現代の企業にはフィロソフィがあり、その実現のために経営をしている企業が多い。企業に寄り添う東京共同会計事務所がそれに伴走するには、「経営戦略」を支援する技術が必要になる。
他方で、自らは金融分野の「会計・税務」を得意とする会計事務所だ。その間にあるものは何か。
導き出したのは、M&Aを支援するFA(ファイナンシャルアドバイザリー)分野に進出することだった。
我々は少人数ですし、特徴を出さないと、競争優位は築けません。しかし、企業のフィロソフィや戦略とリンクする仕事となると、多くの会計事務所が行っているデューデリジェンスやバリュエーションよりも、もっと川上の業務でなくてはならない。
かといって、外資系コンサルティング会社が得意とするような戦略コンサルティングは、我々にとってあまりに飛び地すぎる。そこで企業の経営戦略との関連性も高いM&A、その中でもFAへの進出を決断したのです。(内山氏)
現在の東京共同会計事務所は、クロスボーダーM&AにおけるFAにも対応するに至っている。BIG4系以外ではクロスボーダーのFA案件に対応できる会計事務所は決して多くなく、明確な差別化要因のひとつであるといえる。
なぜ会計事務所が自動車業界のシステム開発に至ったのか
そしてその後、東京共同会計事務所は、事業再生や国際税務、また、司法書士、行政書士、弁理士といった他士業のサービスをグループ内に立ち上げるなど、一般的な会計事務所があまり取り組んでおらず、かつ、高収益へと繋がる領域を選んで事業を多角化してきている。
その中でも、会計税務の周辺領域でありつつも、独自性の高いサービスとして成功した例が前述した「JAFTAS(ジャフタス)」だ。
JAFTASとは、東京共同会計事務所のグループ会社である株式会社東京共同トレード・コンプライアンス(以下「東京共同トレード・コンプライアンス」)が運営する、経済連携協定(以下「EPA」)活用し、関税削減を行うための原産資格調査支援システムだ。
EPA原産資格調査に関する自動車業界の課題を解決する為に、大手自動車メーカー及び自動車部品メーカーと立ち上げたシステムで、2020年9月にリリース。現在では自動車業界の主要企業をはじめとする14社と約1,800社超のサプライヤー企業に導入されている。
JAFTASは共通利用型のプラットフォームで、ワークフローに沿って登録をしていくと、輸出産品の原産資格調査が実施できる仕様となっているが、利用者の多くはEPAの知識を持っていないことが多い。
会計システムにおいても、その活用のためにはユーザーにも経理の専門知識が必要であり、公認会計士や税理士のサポートを受けることがあるが、JAFTASでも、EPA専門家がEPAの知識やノウハウを提供しながら、利用者がJAFTASを利用して原産資格調査を実施するというビジネスモデルとなっている。
このように、東京共同トレード・コンプライアンスは、ITによるサービスとアドバイザリーの両面から複合的に利用企業を支援することで、各企業の原産資格調査に貢献し、結果として、グローバルヘッドクォーターが日本にある企業の輸出にかかる関税削減に大きく貢献している。
「日本を代表する大手自動車メーカーたちに利用される新サービスを開発する」、その難易度の高さはビジネスに少しでも携わったものであれば想像に難くないだろう。しかも、それを開発したのは従業員300名程度の会計事務所、20人程度のチームであるのだから、驚きを禁じ得ない。
関税をビジネスにする。
そう聞くと、広義では「税金」に関わる分野とはいえ、一般的な会計事務所のビジネスとはかけ離れているようにも感じる。どうして東京共同会計事務所はJAFTASの開発に乗り出したのだろうか。
JAFTASを提供する以前から東京共同会計事務所は、経済産業省から「EPA相談デスク」事業を受託していた。
EPAに課題を抱える企業からの相談窓口を担う事業だが、これを契機に自動車業界との親交を深め、同業界におけるEPAの課題を目の当たりにする。この経験がJAFTASを構想するきっかけとなった。
そんなJAFTASの開発をリードした一人が、東京共同会計事務所の元杭氏である。
元杭 康二(もとくい こうじ)
事業開発企画室 シニアマネージャー/公認会計士
株式会社東京共同トレード・コンプライアンス
2007年、監査法人トーマツ入社。2008年、公認会計士試験論文式試験合格。金融インダストリーグループにて、アセットマネジメント会社、ファンド監査等の会計監査業務に従事するとともに、監査IT化プロジェクトにて、ITを利用したファンド監査の自動化ツールの開発及び運用を経験。2010年、公認会計士登録。その後、国内大手信託銀行に転職し、不動産事業部にてJ-REITの会計税務業務と共に会計仕訳の自動化等の社内プロジェクトに従事。
2017年、東京共同会計事務所に入所。SPC関連業務に従事。2019年、株式会社東京共同トレード・コンプライアンス設立に伴い兼務。現在は、JAFTASプロジェクトの責任者とあわせて、Fintech、不動産tech企業の顧問業務などITと会計双方の知見でクライアントの新規ビジネスをサポートしている。
以前より東京共同会計事務所では、ビジネス×デジタルの新サービス開発ができないか、考えていました。
そんなときに、ちょうどEPAの制度が大きな転換点を迎えていました。2018年12月から2019年2月にかけてCPTPP、日EU経済連携協定の二つの新しい経済連携協定が発効されることが決まったのです。このCPTPP、日EU協定は自己証明制度という従来の第三者証明制度とは異なる制度となっており、多くの輸出企業がどうやってEPAの社内体制の整備を実施したら良いのか、という課題に直面しているタイミングでした。
このような背景から、自動車業界では、サプライチェーンに加入する企業にもどのように原産資格調査を依頼していくのかを検討している状況であり、この課題を解決するサービスへのニーズを強く感じました。
しかも、日本の当時の輸出総額約80兆円のうち、自動車関連は約2割を占める巨大な市場。課題に対する共通項を求め多くの製造業の方々へニーズヒアリングを実施し、課題の整理を行ったうえで現在のJAFTASのコンセプトができあがっていきました。(元杭氏)
会計事務所の新サービスというと、通常は会計や税務を前提としたものになるケースがほとんどだろう。JAFTASは関税という「税」に関連しているとはいえ、会計事務所にとってかなりの飛び地だ。なぜ東京共同会計事務所はJAFTASへの投資を決断できたのか。
当事務所では、常に高付加価値な事業を念頭に置いていますが、我々はBIG4系ファームと比べるとブランドも弱く、また人数も少ないため、高付加価値領域で彼らと戦うためには、何か飛び抜けたものが最低限ひとつは必要でした。
東京共同会計事務所の場合、海外関連の税務サービスでは、インバウンドではBIG4系があまり積極的でなかったSPC領域を有していることで既に戦えていました。しかし、アウトバウンドの税務ビジネスは当時の東京共同会計事務所にはなかったのです。
JAFTASが扱う関税は、年間2兆円ともいわれる巨額の税負担が海外で発生するという試算があるにも拘わらず、領域としてはメジャーではないため、BIG4も注力している分野ではありませんでした。また、このテーマは外国の関税×日本の経営管理(日本原産であることを判定するためのもの)であって、日本の税務ではなく、BIG4とてなかなか専門性を発揮しにくい領域です。
これなら、十分に戦える。そう思い、JAFTASの開発にGOサインを出しました。(内山氏)
とはいえ、JAFTASの構想は非常に壮大だ。元杭氏らがJAFTASの構想を相談したところ、内山氏は「さすがに分不相応ではないか!?」との疑念をもったそうだ。
実際、JAFTASの開発にあたっては借入も行い、事業の初期は10億円単位での先行投資、当然のことながら赤字からスタートしている。これには無借金経営に慣れていた社内でも一気に議論が湧き上がった。
しかし、内山氏は動き出したビジネスにストップをかけることはなかった。
会社としては大きな投資だったものの、腹を括って投資した後は、個人的には怖さはほとんど感じませんでした。
というのも、このビジネスは2兆円ともいわれる関税を削減するビジネスであり、これをきちんと継続できれば大きな失敗をすることはないだろうと感じていたからです。
むしろ、JAFTASは、SPC金融事業一本足からの脱却を目指す我々にとって自動車業界やその他の製造業と一緒にビジネスできる貴重なチャンス。こんな機会はそうそうありません。
この千載一遇の好機を逃すわけにはいかないという気持ちが、怖さを凌駕していたんです。(内山氏)
こうして日本のEPAの業務効率化の一翼を担うJAFTASが誕生した。
JAFTASは、その後、経済産業省からの補助金も受け、日本商工会議所が運営する「第一種特定原産地証明書発給システム」とのデータ連携機能を実装し、公的機関と連携するB to G(Business to Government)サービスへと進化している。
また、「官民一体のプラットフォーム」「貿易DXのベストプラクティスのひとつ」として、自動車業界以外での活用による、輸出促進のインフラとしての期待を産業界から集めるまでに成長を遂げている。
新事業開発の種は、成長する組織の課題と表裏一体
JAFTASを筆頭に複数の新サービス開発に乗り出してきた東京共同会計事務所だが、今後も新たなサービス開発を続けていく予定だ。同事務所の「事業開発企画室」では、いくつもの小規模なチームが起ち上げられ、そこで新たなサービスが開発されている。
東京共同会計事務所は、どのように次の新サービスの種を見つけているのだろうか。その答えは、現在の同事務所、多くの成長する組織が抱える課題と表裏一体だった。
現在、東京共同会計事務所は、組織が大きくなったことで部門ごとに仕事が「縦」に深くなりすぎ、サイロ化してしまっています。
しかし今の時代において、クライアントは様々な課題に対応しなければならず、ニーズは横にどんどん広がっています。顧客は横に広がっているのに、事務所は縦に細長くなっている。このギャップに対応してないと事務所としては生き残れないのではないかという危機感を、私は抱いているんです。(内山氏)
「その課題はうちの部門では対応できない」「そもそも対応できる部門がないかもしれない」「課題自体は確かに会計の知見を使って解決するものだが…」、大組織で働いたことのあるプロフェッショナルであれば少なからずこういった経験に心当たりがあるだろう。
内山氏は、「ここに新たな事業の種を見出すヒントがある」、そのために、「クライアントのニーズに合わせて、事務所内に点在している様々な知識や知恵、人材を編集することが必要」だと語る。
つまり、事務所のケイパビリティである「縦」の観点ではなく、クライアントが直面する「横」の視点をもって、クライアントと接することができるチームが必要だというのだ。
既存の組織・部門では対応が難しい課題でも、部門の枠を超えてクライアントと相対し、課題を整理し、東京共同会計事務所全体でソリューションを模索する。
現在、同事務所の最前線でそれを担っているのが元杭氏であり、同事務所が増員を考えているポジションだ。
本来、公認会計士や税理士は、経営者のビジネスの相談に乗れるのが理想です。しかし現場の人間がなんでも対応するのは難しいでしょう。とはいえ、東京共同会計事務所には優秀なメンバーが多いと自負していて、事務所全体ではその力はあるはずだと私は信じています。
つまり、現在の東京共同会計事務所に必要なのは、事務所の力を編集し、ソリューションとしてまとめあげてクライアントに提供することなんです。
それができればクライアントに今以上に喜んでいただけるはずですし、それらの課題の解決が、社会課題の解決に繋がるものであれば我々の目標にも適います。(元杭氏)
そう語る元杭氏は、これまでも、そして、現在も様々な「新サービスの種」に関わっており、その内容はJAFTASのようなITサービスに限らず、いわゆるアドバイザリー案件まで、多岐に渡る。
守秘義務の観点から具体的なことは公開できないが、そこには、大型のシステムプロジェクトへのファンドスキームの提案と事業計画の作成、地方における金融機関とファンドを組み合わせた新規プロジェクト、未公開株に投資するための投資信託スキームづくり、Web3.0のテーマにも上げられるデジタル証券のスキーム検討など、一般の会計事務所ではおおよそ聞いたことのないテーマが並ぶ。
現在関与しているプロジェクトは、必ずしもすぐに大きな売上げが見込めるというものばかりではありません。
しかし、こういった小さな相談や案件をコツコツこなしていくことで、クライアントから次のプロジェクトの話をいただけ、東京共同会計事務所の様々なビジネスに繋がり、ひいてはJAFTASのような新たなサービスへと繋がっていくのです。また、誰も行ったことのない案件に取り組むのは楽しいですし、プロジェクトがメディアに取り上げられるなど、社会からの注目度が上がれば、関係者の満足度も高くなります。こういった案件に継続的に関わり、新サービス開発に繋げていきたいですね。(元杭氏)
難易度は高い。鍵は新事業に対するモチベーションだ
クライアントの窓口となり、事務所にとっての新たなサービスの種を探す。
難易度の高い仕事ではあるが、これまで培ってきた会計士の専門的知識を応用できるという意味では、やりがいのある仕事でもありそうだ。
―会計や税務を軸に新たなチャレンジをするチームにはどんな人材が求められるだろうか―
こう書くと、当然「会計にこだわりがある」「知的好奇心」「チャレンジ精神」といったキーワードが思い浮かぶ。もちろんこれらが重要なのは間違いないが、すべてを兼ね備えた人材の採用や育成は簡単ではない。
実際、東京共同会計事務所も新サービス開発の即戦力を求めているわけではなさそうだ。
私自身が実際に行ってみて、この仕事の難易度はかなり高いと感じています。
そのため最初から十分な知識や能力を備えた人材が社内にいたり、転職してきたりするということはないでしょう。
新しく若い方が入社したら、時間をかけて至れり尽くせり教えなくてはならないと思っていますし、実際、そうしないと人は育ちません。そうすることによって、私も含めてチームみんなが成長していくことになりますし、年齢や性別に関係なく、価値観を共有し同じ課題に対してみんなでエネルギーを注いでいくことが大切だと実感しています。実際、JAFTASは、30歳前後のメンバーを中心にスタートしていますし、大事なのは知識や経験ではなく、ビジネスに対してのモチベーションです。もちろんガッツやスピードは必要になりますけどね。
最低限の会計や税務の知識は備えていて「面白い事業でひと旗揚げてみたい」なんて考えている会計士の方とは、是非一緒に仕事をしたいです。(元杭氏)
また内山氏は「潜在的にチャレンジができる人材に、チャレンジしたいという気持ちをもってもらえるように、事務所が駆り立てなくてはいけない」とも語っている。新サービスに携わるのに必要なのは、やはりスキルよりもモチベーションのようだ。
大手ファームでの事業開発の担当となると、若手は歯車となってしまう可能性も決して低くはないだろう。しかし、「東京共同会計事務所ぐらいのサイズなら、大手より刺激は強いはず」(元杭氏)だという。
会計や監査、税務など、一定の経験をもち、社会に新たなサービスを生んでみたいという公認会計士の方は、ぜひ東京共同会計事務所の以下の募集要項を覗いてみてほしい。
そこにはあなたをワクワクさせる仕事が、そして、会計領域での新規事業開発という新たなキャリアが待っているはずだ。