2024年3月9日、公認会計士ナビはリアルイベント、第13回 公認会計士ナビonLive!!を開催しました。今回の全体テーマは「広がりゆく公認会計士の活躍フィールド」。4つのセッションが開催された中から、本稿では「上場メガベンチャーの経営に関与する、会計士の知見はどう活かせるのか?」と題されたセッションの模様をお届けします。
登壇していただいたのは、株式会社マネーフォワードでグループ執行役員 CHOとして人事を担当する石原千亜希さんと、フリー株式会社の社外取締役・監査等委員として活躍する内藤陽子さん。
ともに公認会計士であり、上場前から入社して役員として活躍するおふたりのトークセッションを通じて、監査法人で培ったスキルや経験は今も活きているのか、上場メガベンチャーでの働き方、会計士にとってのメガベンチャーの魅力などについて迫りました。
※本記事の登壇者の肩書・経歴等はイベント登壇時のものになります。
※本記事の内容は公認会計士ナビにてセッションでの発言内容に編集を加えたものとなります。
上場ベンチャーからふたりの会計士が登場。会計・監査ではない、今の仕事は?
安松(安松公認会計士事務所):本セッションでは株式会社マネーフォワード(以下「マネーフォワード」)の石原さんとフリー株式会社(以下「フリー」)の内藤さんをお招きし、「上場メガベンチャーの経営に関与する、会計士の知見はどう活かせるのか?」というテーマでお話を聞いていきます。
私はモデレーターの安松です。2019年に公認会計士試験に合格し、監査法人や税理士法人を経て2023年に独立。現在は税務をメインに会計事務所を運営しています。
石原(マネーフォワード):マネーフォワードの石原と申します。
私は2011年に会計士試験に合格し、2012年に監査法人トーマツに入社しました。そこで数年間働いた後、2016年にマネーフォワードに転職しています。当時は社員が200名弱で、上場1年前というフェーズでした。
最初は経営企画部に配属され上場準備を、上場後はIRの責任者を担当。その後人事への異動を打診され、今はCHOとして働いています。
株式会社マネーフォワード
グループ執行役員 CHO (Chief Human Officer)
DEI (Diversity, Equity & Inclusion) 担当
公認会計士
石原 千亜希
2011年、公認会計士試験合格、2012年より有限責任監査法人トーマツに入所し、2015年に会計士登録。2016年に株式会社マネーフォワードに入社し、IPO準備等に携わる。 上場後は経営企画部長・IR責任者として、海外公募増資、東証一部への市場変更、サステナビリティプロジェクトの立ち上げ等に従事。 2021年に人事に主務を移し、同年よりPeople Forward本部 本部長として人事制度改定プロジェクト等を主導。2023年、CHOに就任。
内藤(フリー):クラウドで会計・人事労務システムなどを提供しているフリーの内藤と申します。
私は大学卒業後、少しだけ証券会社で働いた後、2004年に新日本監査法人(現:EY新日本有限責任監査法人)の金融部に入社しました。13年半勤めている間に、産休、育休、夫の転勤に伴った3年間の大阪事務所勤務を経験しています。
その後、フリーに常勤監査役としてジョイン。当時のフリーもIPOの約1年前の時期でした。2年後に監査等委員会設置会社への移行に伴い、監査等委員に就任し今に至っています。
フリー株式会社
社外取締役 監査等委員
公認会計士
内藤 陽子
慶應義塾大学商学部卒業後、証券会社勤務を経て、2004年、公認会計士試験合格。EY新日本監査法人金融部での金融機関の会計監査業務を経て、2018年に常勤監査役としてfreeeへ参画。2021年に取締役(常勤監査等委員)に就任(現任)。2022年には公益社団法人日本監査役協会監事に就任(現任)。 茨城県出身。2児の母。
安松(安松公認会計士事務所):おふたりは具体的に、どのような業務を担当しているのですか?
石原(マネーフォワード):今は人事全般を担当していて、採用や労務、人事制度策定にその運用、組織のトラブル解決まであらゆることに対応しています。今は会計士とはまったく関係ない仕事ですね(笑)。
内藤(フリー):私は監査等委員なので、主な業務は取締役会や経営会議、リスク管理委員会、コンプライアンス委員会へ参加しています。わかりやすく言えば、経営陣たちを見張ることが仕事ですね(笑)。
あとは社内トラブルの相談窓口になっているので、その対応もしています。
監査法人から監査等委員や人事責任者へ。移行へ苦労した点は?
安松(安松公認会計士事務所):内藤さんは監査法人に13年所属した後、監査役を経て社外取締役・監査等委員に就任していますね。異なる立場への移行は難しかったのではないでしょうか。
安松公認会計士事務所
代表/公認会計士
安松 綾菜
1997年生まれ。2019年公認会計士試験合格。2020年有限責任あずさ監査法人入社後は、大手製造小売業を中心に法定監査、IPO支援業務、ファンド監査業務等に従事する。税理士法人への転職後、2023年に独立。安松公認会計士事務所として、会計システム構築支援、クラウド会計導入支援などのサービスを提供している。同志社大学商学部卒業。夫も公認会計士。
- tokumo会計事務所(旧:安松公認会計士事務所*)
*安松公認会計士事務所は2024年7月16日にtokumo会計事務所へと商号変更しています。本記事ではイベント開催時の安松公認会計士事務所にて記載しております。
内藤(フリー):会計監査人と監査役・監査等委員の視点は大きく違います。監査役等は財務面だけでなく、事業全体を見ないといけません。私の場合も、事業面では勉強が必要でした。
財務面では、会計士時代のスキルは大きく役立っています。監査役も監査調書を作成しなければなりませんし、特にIPO準備会社の調書は上場審査時にも要求される重要なものです。内部統制に関しても、監査法人時代に身に着けたスキルを活かし、会社にアドバイスできました。
一方で事業面では勉強が必要だったのは事実です。ベンチャー企業では適正な事業運営やそのための建設的な意見出しが要求されるのは当然ですが、清濁併せ呑むような難しい判断も必要となってきます。
私は経営陣と二人三脚で、止めるべき場面では止め、事業の成長については応援するというスタンスで活動していましたね。
安松(安松公認会計士事務所):経営者との並走は難しいですか?
内藤(フリー):私の場合はスムーズに対応できたと思います。ただやはり、監査役と社長の相性はあるでしょう。ベンチャー企業の社長には個性豊かな方が多いですからね。
相性が悪いと、監査役としてのミッションも達成できなくなってしまう。監査役などの職はリスクを伴うものでもあるので、経営者との相性は就任前に確認した方がいいと思います。
安松(安松公認会計士事務所):石原さんは、監査から上場準備、IRを経て人事を担当していますよね。その移行は難しくなかったですか?
石原(マネーフォワード):マネーフォワードに入って最初に担当したのは上場準備だったので、これ自体は監査法人時代の知見が活きる業務です。
とはいえ、監査法人時代は数字が正しいのか、投資家の判断を誤らせないのかという点で各種資料に向き合っていました。
一方、事業会社では、単に数字が合っていればいいというわけではありません。この資料で上場準備に耐えられるのか、証券会社を説得できるのか、投資家やユーザーはどんな反応をするのかといった点も考慮する必要があります。
「会計処理的にはこれが普通」でも、ステークホルダーに意図を伝えられなくては意味がありません。このマインドチェンジは大変でしたし、新しい経験でもありました。
人事に移ってからは、社内に対する説明責任が増しました。経営企画の仕事に対しては社員からそこまで質問や意見が来ないのですが、人事は異なります。たくさん質問が来たり、場合によってはクレームも来る。それを自分で責任を取って前に進めていくのは苦労しました。
監査も人事も実は「やることは同じ」。その理由とは?
安松(安松公認会計士事務所):石原さんが人事の仕事を担当することになったきっかけを教えてください。
石原(マネーフォワード):マネーフォワードに入社してから4〜5年経って、育休を取得して復帰しました。当初は「子育てとベンチャーの管理職の両立は大変かな」なんて思っていたのですが、意外と問題なかったんですね。それで、だったら新しいチャレンジをしたいと思うようになりました。
社内会計士のキャリアは大きく、例えばファイナンスのような専門性を伸ばしてCFO的になっていくか、例えば会計以外で法務などバックオフィスで横に広げていくかの2択だと思いますが、私自身は後者が向いていると感じています。
それに、今までの経験を活かして社内でキャリアアップするとなったら、あとはCFOしか残っていません。じゃあCFOをやりたいかというと、正直そんなにやりたくはなくて(笑)。というのも、マネーフォワードにおけるCFOにはファイナンスとM&Aへの知見が求められるのですが、私はそこにあまり興味を抱けなかったんです。
それならと上場前のベンチャー企業への転職も頭によぎっているところに、人事職を打診されました。
今後どんなキャリアを歩むにしても、マネーフォワードの人事の経験はプラスになる。そう思って引き受けたら、この仕事も非常に面白くて、今はすっかりハマってしまったという感じです。
石原(マネーフォワード):正直、これまでの業務も人事も、「課題を解決する」という意味では大きく変わらないんです。
会計監査にしても、まず課題と目的を明確にして、どこにリスクがあるかを捉え、手続を実施しますよね。人事でもその思考回路は大きく変わりません。
そういう意味では、会計士として培ったスキルは汎用的で、他の職種でも活きるなと感じてます。
安松(安松公認会計士事務所):人事職はどういう経緯から打診されたんですか?
石原(マネーフォワード):当時、人事制度を変えるプロジェクトがあったのですが、なかなか進んでおらず、私に話が来ました。とはいえ人事に詳しいわけでもないので、当初は私が適任とは思えなかったんです。
ですがその旨を伝えたところ、「人事に詳しい人はたくさんいるので問題ない。それよりも、会社が何を考え、経営陣がどこに向かいたくて、そのためのボトルネックを解消する施策を考えてほしい」と言われたんですね。
これは経営企画でやってきたことと近いですし、経営陣が何を考えているかは確かに近くで見てきたから、それならバリューが出せるかもしれないと思いました。それで人事の仕事を引き受けたんです。
安松(安松公認会計士事務所):企業風土が伝わってくるエピソードですね。
企業風土といえば、フリーはその名の通り自由なイメージを私は抱いています。それに比べれば監査法人は比較的堅めなカルチャーですよね。内藤さんは転職時に、カルチャーにはギャップは感じませんでしたか?
内藤(フリー):確かにギャップはありました。特に私は金融部に所属していて、堅めのカルチャーの中にいたと思います。
でもフリーに来てみたら、エレベーターに乗れば色々な髪色の人がいたり、催眠術師みたいな雰囲気の人もいたり、異世界に来てしまったようでした(笑)。イメージの通り、フリーは本当に自由な会社なんですよ。
それで最初は戸惑ったのですが、いざ話してみると素直な方が多くて、非常に仕事はやりやすかったんです。どのくらい素直かというと、上場に向けて内部統制を整備していく過程で、現場に規定違反を見つけて指摘しても、隠したり言い訳したりすることなく「やってませんでした!」とすべて正直に報告してくれるほどです(笑)。また、「なぜルールが必要か」を理解してくれれば、しっかり対応もしてくれます。
監査法人時代はクライアントが上場済みの大手金融機関なこともあって、内部統制のエラーなんてほとんどみたことがなかったのですが、強みとなっているカルチャーを崩さずに内部統制の整備をしたり、IPO準備を進めたりするのは、面白いチャレンジでした。
上場前後で働きやすさも変わる。性別問わず100日の育休が取れる環境
安松(安松公認会計士事務所):ここまでキャリアの話を中心に聞いてきましたが、おふたりとも仕事とともに子育てもされているとのことで、キャリアとプライベートのバランスに関しても聞かせてください。
安松(安松公認会計士事務所):監査法人時代、私の周りでは子供がいても、女性は時短で子育てを、男性は長時間労働をしている方が多かった印象があります。女性は育児、男性はキャリアという、ジェンダーバイアスを感じていました。
おふたりは現在はどのように働かれているのでしょうか。上場メガベンチャーの働きやすさを教えてください。
石原(マネーフォワード):入社前はベンチャーなので制度も整っていないし激務で大変というイメージをもっていましたが、実際にはフレキシビリティが高いし、仕組みや文化を変えられる機会があるというイメージですね。
例えば、育休に関しては性別関係なく取れる文化になっています。私が人事に移ってから作った『産休育休ガイドブック』では、育休を取得した男性の取得日数は平均100日というデータを記載しています。
育休の制度自体はどの会社にもあると思うんです。ただそれを実際に効果的に利用してもらうのが難しい。マネーフォワードの場合、創業メンバーである男性役員が1ヶ月の育休を取得したことで「誰でも育休をとっていい」というメッセージになりました。今では男性でも長期で育休を取る方が増え、性別問わず育休を取れる空気になっていると思います。
内藤(フリー):フリーも、性別を問わず育児休暇は取りやすいですね。マネーフォワードさんと同様に男性経営陣が自ら育児休暇を取得したことが、他の方も取っていいんだという空気を醸成したと思います。
また復職後のマミートラック*問題もほとんどないと認識しています。簡単な仕事ばかりをまわすといったことはないですね。そもそも仕事がたくさんあるからというのもありますが(笑)、どちらかというと意欲ある方にはどんどん働いてもらいたいと思っています。
*出産・育児経験から復帰した女性が、限定的な仕事に配属されるなど昇進やキャリアアップの機会が制限されてしまうこと。
安松(安松公認会計士事務所):両社とも、産休・育休を取りやすい雰囲気に変わっていったということですね。
石原(マネーフォワード):そうですね。ただ意識的に頑張って変えたというよりは、「誰かが取れば真似してみんな取るだろう」くらいの気持ちではいました。そういう文化になればいいなと。だから会社が積極的に「育休を取りましょう」とアナウンスしているわけでもありません。
育休を取得すると干される会社もあると聞きますが、みんなが「この会社は違うんだ」と信じるようになってからは、取得されるようになったのかなと思います。
未上場の頃は、正直、「土曜日も働くよね?」といった空気も一部ではあったのですが、上場を目指し始めてからはちゃんと労務管理をしたりしてホワイトな職場になっていきましたし、ベンチャーと一口に言っても、フェーズによって変わるんだろうなとは思います。
公認会計士が「上場メガベンチャー」で働くことのススメ
安松(安松公認会計士事務所):ここまでいろいろな話を聞いてきましたが、最後に改めて、公認会計士が上場メガベンチャーで働く魅力を教えてください。
石原(マネーフォワード):監査法人に所属する方がベンチャー企業への転職を考える場合、上場前の会社をイメージしていることが多いのではないでしょうか。IPOを経験したいから、社内の1人目の会計士になりたいからなど、理由はさまざまあると思います。
石原(マネーフォワード):ですが、公認会計士はアーリーではなく、上場前後のベンチャー企業でも十分に活躍できます。一定以上の規模の企業であれば、仕事のフィールドが広くて仕事も多いので、複数人いたところで仕事が被らないこともあります。
私の場合は上場前に参画し、その時点で社内には既に会計士が数人在籍していました。今振り返ると、このタイミングでの入社は非常に良かったと感じています。
むしろ、アーリーすぎて全然上場準備に入らないケースもありえますし、実際そういう状態にいる私の知り合いも一人や二人ではありません。それはそれでいい経験だとは思いますが、私としては上場間近だったり、すでに上場しているメガベンチャーも選択肢に入れていただけると嬉しいです。
また、上場したら一区切りのような気もしますが、上場すると今度はIRなど、会計士のスキルを活かせる新しい仕事も出てきます。IRを担当していて感じましたが、意外とこの分野に会計士は少ないので、バリューは発揮しやすいと思います。
こういった上場企業ならではの会計士の仕事の広げ方は、色々あるなと思います。資金力があり、ちゃんと成長している会社はコーポレートアクションが多いので、すごく楽しいですよ。
内藤(フリー):フリーの中には会計士が何人もいますが、経理チームには現在は1人もいないんです。じゃあ何をしているかというと、例えばM&Aや、税務申告ソフトのプロダクトマネージャーです。新規事業開発に携わっている方もいますし、上場メガベンチャーはいろいろなことに挑戦できるのがメリットだと感じています。
石原(マネーフォワード):確かにマネーフォワードでも、経理の他に、M&Aを扱うコーポレートディベロップメントや内部監査などでも会計士を募集しています。いろいろなグループ会社もあって新規事業開発的なこともしていますし、その中には上場準備をしている会社もあります。
もし興味のある方がいれば、ぜひ採用サイトを覗いてみてください。
内藤(フリー):フリーでも、会計士は積極募集しているので、採用サイトにアクセスをお願いします(笑)。私は10年以上監査法人に勤めてから転職をしましたが、実は転職を考えていたわけではなかったんです。目の前のことを真面目にやっていればチャンスは転がってくるので、それを見つけたら逃さず掴み取ってほしいです。
安松(安松公認会計士事務所):本日は石原さんと内藤さんに、上場メガベンチャー×公認会計士の魅力について、様々な観点からお話を聞けました。ありがとうございました。
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「会計士の人的資産」「スタートアップ」「独立」「FAS・コンサルティング」といった分野で活躍する公認会計士の方々にお話を伺い、みなさんとの交流の機会をお届けする予定です。みなさまのご参加お待ちしております!