M&A・IPO・事業承継の支援に強みを有する会計事務所 南青山アドバイザリーグループは、2023年3月、ストックオプション管理SaaS「ストックオプションクラウド」のリリースを発表した。会計事務所がSaaSを提供するのは全国的にも珍しい。
従業員などのモチベーションを高めるために用いられるストックオプション。その課題を解決しようと南青山アドバイザリーグループはストックオプションクラウドを開発した。
ストックオプションというとスタートアップや上場企業の一部が使うケースがほとんどだが、南青山アドバイザリーグループはファントムストックの利用拡大も見越し、中小企業や医療法人もターゲットとして見込む。
ストックオプションクラウドの目的や機能、利用者にとってのメリット、中小企業マーケットでの利用などについて、南青山アドバイザリーグループCEOの仙石実氏に話を聞いた。
仙石 実(せんごく みのる)
南青山アドバイザリーグループCEO
公認会計士・税理士/公認内部監査人
2002年、監査法人トーマツ(現:有限責任監査法人トーマツ)に入所。東証一部上場企業などの各種法定監査業務、株式公開支援業務、 外部向け研修サービスに従事。2013年、南青山アドバイザリーグループの代表に就任。上場・非上場を問わず多数の取引先の会計税務支援サービスのみならず、IPOやM&Aのコンサルティング業務において1,000件以上の実績 を有する。2021年、「人生を変えるお金の話」(共著、アチーブメント出版)を 出版。 楽天ブックスで総合1位を獲得。
経営者・従業員・管理者 それぞれがストックオプションに課題を抱える
南青山FAS株式会社は2023年3月、ストックオプション管理SaaS「ストックオプションクラウド」のリリースを発表した。
南青山FAS社は、南青山税理士法人を運営する南青山アドバイザリーグループのグループ企業であり、会計事務所がSaaSを提供するという珍しいケースとなる。
南青山アドバイザリーグループには会計事務所としては珍しくCTOもおり、開発も内製した。料金は上場・非上場、ID数等によって変動するが、月額3万円から利用可能だ。
ストックオプションは主に、上場企業やスタートアップで用いられている。教科書的に説明すると、その付与目的は、従業員など被付与者のモチベーション向上だ。
ただ実際には「ストックオプションの難解な仕組みや制度もあり、経営者が期待するほど従業員はストックオプションでモチベーションを上げているわけではない。多くの上場企業やIPO準備企業の経営者と話す中で、その点に悩んでいる経営者が多いと感じた。」と、仙石氏は語る。
つまり経営者からすれば「せっかくインセンティブを提供しているのにそれが上手く機能していない」、従業員からすれば「ストックオプションは難解で、自分のストックオプションはいくらの価値があるのかわからない」というのだ。
ストックオプションの管理実務にも課題がある。
上場を控えた大きめのスタートアップや上場企業ともなれば、ストックオプションを何百人にも付与しているケースも珍しくはない。しかしその管理についてはExcelやスプレッドシートで行っているケースも多いのだ。
従業員ごとのストックオプションの種類や付与数、発行数、失効数等を、ミスなくExcelで管理する大変さは想像に難くない。ストックオプションには法定調書も必要で、その発行の手間も決して低くはないだろう。
経営者、従業員、管理者のそれぞれがストックオプション実務に課題を抱えている。それを「従業員の生産性を3倍に、管理コスト3分の1に」をビジョンに、解決しようというのがストックオプションクラウドだ。
ストックオプションクラウド紹介動画
ストックオプションがモチベーションアップにつながるために
あらためて、ストックオプションクラウドは、ストックオプション管理のためのSaaSだ。従業員のモチベーション・生産性の向上や管理者の手間・管理コスト削減を狙う。
まずは従業員側の視点からストックオプションクラウドのメリットをみていきたい。
従業員が抱えるストックオプション最大の課題は「自分が持っているストックオプションの価値がわからない」という点に尽きるだろう。
そこでストックオプションクラウドでは、従業員が、自らのストックオプションが今どれほどの価値があるのかを一目でわかるようにした(下図参照。現在この機能に関する特許も出願中とのこと)。
ストックオプションの価値の推移も時系列で表示するなど、視覚的にもわかりやすくなるように努めている。
権利行使できるストックオプションや、権利行使期間、権利行使した場合に受け取れる金額なども把握できるようにした。
契約書も登録できるので、詳細を確認したければストックオプションクラウド上から契約書の確認も可能だ。
このようにストックオプションクラウドは、ストックオプションの価値をわかりやすく可視化することで、従業員のモチベーションやパフォーマンスの最大化、リテンション(退職防止)を狙う。
なお上場企業の場合は、日々の株価情報が自動で取得され、それに伴ってストックオプションの価値も変動するようになっている。スタートアップ等の非上場企業は資金調達等のイベントごとにマニュアルで企業価値を更新することで反映される。もしくは、南青山FAS社による株価算定も可能だ。
契約書を読んで権利行使条件を確認し、会社の現状と照らし合わせてストックオプションの価値を把握するのは大変です。
当社でもストックオプションを報酬としていただいてお客様を支援することもあるのですが、当社が有しているストックオプションの価値が今いくらですか?と聞かれても、即答はできません。
ストックオプションのプロである私たちですらそうなのですから、一般の方はもっとわからないはず。わからないから当然モチベーションにも繋がりません。当社でもストックオプション関連のセミナーを開催することもありますが、難しい仕組みを1時間かけて説明しても、ほとんどの人は忘れてしまいます。
それよりも、自分が持っているストックオプションの具体的な金額や達成条件がわかっている方が頑張れると思うはずです。これらの課題を解決したく、ストックオプションクラウドの開発に踏み切りました。(仙石氏、以下同様)
また従業員がストックオプションを行使したいときには、ストックオプションクラウドから申請ができる。従来の実務では行使に際してメールでやりとりするようなケースもあり、ヒューマンエラーのリスクもあった。しかしSaaSでシステム的に管理することにより、このようなリスクも減らせるだろう。
また、ストックオプションクラウドは、従業員ごとのストックオプションの種類や発行数等が簡単に管理できるようになっており、ストックオプションの管理者にとっても有益なサービスとなっている。
新株予約権原簿としての管理もできるし、権利行使に際して必要な法定調書の作成も簡単にでき、コスト低減にも資する。今後、財務諸表のストックオプションに関連する注記も自動で作れる機能などの開発も進めているそうだ。
このようにストックオプションクラウドは、「従業員」「管理者」「経営者」の3者の課題を解決するサービスとなっている。
とはいえ、仙石氏が「管理コストの削減のみならず、従業員のモチベーションアップやリテンションツールとしても使ってもらいたい」と語るように、コスト削減ツールというよりも、従業員など被付与者のモチベーションアップのために使ってもらうことを重視して開発しているようだ。
また、ストックオプションクラウドはIT導入補助金の対象となるということで、価格面でも顧客が導入しやすいように配慮しているようだ。
「ストックオプション」なのにIPOを目指さない未上場・中小企業や医療法人も顧客となる理由とは?
ところで、冒頭でも述べたように、一般的にストックオプションを利用するのはスタートアップや上場企業だ。
だが、仙石氏は、「ストックオプションクラウドはそれに留まらず、IPOを目指さない中小企業や医療法人の利用も視野に入れている」と語る。どういうことだろうか。
仙石氏によれば近年、従業員への報酬に「ファントムストック」を利用する中小企業や医療法人が増えている。
ファントムストックとは、疑似的に株式を付与し、一定期間経過後に株式を売却したものとして株価の上昇分と同額の金銭を支給する、株価連動型の報酬制度だ。疑似的に株式を付与するので、株式会社ではない医療法人などでも利用ができる。
このファントムストックを導入するにしても、「誰に・どれくらい・どのような条件の」ファントムストックを付与したのかの管理は必要になる。
またファントムストックといえど「結局今いくらの価値があるのかわからないとインセンティブにならない」という被付与者側の課題は同じであり、その意味でもストックオプションクラウドを利用する意義はあるだろう。
つまり、ファントムストックを利用する中小企業や医療法人を増やすことで、中小企業や医療法人に従業員のモチベーションをアップするための新たな報酬制度を提案し、ストックオプションクラウドの利用拡大も実現するというのだ。
南青山FAS社では、この「ファントムストック」を中小企業や医療法人向けにカスタマイズした「エンゲージメントストック」を開発し推進している。
エンゲージメントストック紹介動画
SaaSと税務会計サービスの連携で顧客の課題を解決する
ところで、ストックオプションを発行するのが一部の上場企業やスタートアップに留まること、また、仙石氏自身が「1社がストックオプションの管理のために月何十万円も払うことは合理的ではない」と語るように、顧客単価も特別高くならないという事実に鑑みると、SaaSとして展開するには想定顧客が少ないようにも思える。
この疑問を仙石氏にぶつけたところ、「確かにストックオプションクラウドだけでは市場は大きくないが、その点は会計事務所全体としてのストックオプション関連サービスとのシナジーがあると考えている」という回答を得た。
南青山アドバイザリーグループは、会計事務所として従来より、ストックオプションの設計や価値評価、その後の株価算定、IPOやM&Aなどに関連するサポートを行っており、その実績も1,000件を超える。
ストックオプションクラウドは、これまで日常的に提供していたストックオプションに関するサービスとのシナジーがあるというのだ。
ストックオプションクラウドからの税務会計サービスへの展開、もしくは、その逆のパターンも含めて、ビジネスの拡大が実現できる。これが南青山アドバイザリーグループの狙いだ。
他のスタートアップやIT系企業も、ストックオプションクラウドと似たようなサービスを開発できるかもしれません。ですが我々は会計事務所として、ストックオプションの管理だけでなく、ストックオプションにまつわるすべての課題を解決することができます。会計事務所 × DX だからこそ提供できる価値があるのです。
ストックオプションクラウドは取材日時点では正式公開前だが、既に上場企業も含めて複数の導入企業が決まっているという。(ちなみに、その中の上場企業のひとつもやはり、これまでExcelでストックオプションを管理しており、担当者は苦労していたようだ。)
また中小企業や医療法人の経営者にファントムストックやストックオプションクラウドの説明をしてみても、好反応をもらうことが多いとのことで、中小企業マーケットへの手応えも感じているという。
近年のスタートアップの存在感上昇に伴い、ストックオプションが話題にのぼるケースが増えていると、筆者自身も感じている。
しかし仙石氏が語るように、せっかく経営者が従業員を思ってインセンティブとしてストックオプションを発行しても、その意図どおりに運用されていないという話も珍しくなく、ストックオプションの運用には課題が多い。
ストックオプションの課題をトータルで解決したい会社は、ぜひストックオプションクラウドを試してみてほしい。