1997年の設立以来、クリフィックス税理士法人は緩やかに規模を拡大し、現在では上場企業、総合商社、大手金融機関、メガベンチャーやそのグループ会社といった名だたる企業をクライアントとする、国内有数の会計ファームとしての地位を築いている。
グローバルなネットワークやブランドを有するBIG4と比較すると、知名度や規模で及ばないにも関わらず、クリフィックスはなぜクライアントに選ばれ続けているのか。その代表である山田徳昭氏とは一体どんな人物なのか。山田氏への質問を通じてその姿が見えてきた。
クリフィックス税理士法人
代表社員 公認会計士・税理士
山田 徳昭(やまだ のりあき)
1990年、慶応義塾大学大学院商学部研究科修士課程 修了、公認会計士2次試験合格、中央監査法人入所。上場企業を中心とした監査業務に従事。1993年、公認会計士開業登録。1997年に独立し、公認会計士山田徳昭事務所(現:クリフィックス税理士法人)を設立。
独立後は、クライアントファーストの理念、「税務」と「会計」の両面からのサービス提供により事務所を拡大し、現在では、上場企業やそのグループ、金融機関、スタートアップ企業などを主なクライアントとしている。
流行りには乗らず、独自の勝ち筋を見つける
クリフィックス税理士法人(以降、クリフィックス)の創業者であり、代表を務める山田徳昭氏は、慶應義塾大学大学院在学中に公認会計士試験2次試験に合格し、その後、当時、BIG6と呼ばれた監査法人のひとつである中央監査法人に入所した。一般的な就職をせず、会計士の道に進んだのは、聞けば納得の理由だ。
当時はバブルの末期で、大学を卒業して大手の金融機関に就職するのが流行りでした。ただ、その当時、「このまま銀行なり証券会社なり金融業界に就職して、本当にだいじょうぶだろうか」と思ったのです。
例えば銀行だったら、支店数は決まっていて、さらに要職につける人数も決まっている。毎年何百名も入行する新入社員たちがその少ない数を取り合っていくのかと考えたら、現実的ではないなと思いました。同期だけでもすごい数ですから。
レッドオーシャンに乗り出していったら勝ち抜くのは至難の業なのだから、資格取得の勉強が必要になったとしても、会計士の道を選んだということなのだろう。勉強し資格を取得することが参入障壁となるなら、むしろ歓迎するくらいの心持ちだったのかもしれない。
そして、大学院時代に公認会計士試験の2次試験に合格し、中央監査法人に入所。その後は、監査業務を通じてクライアントと向き合う日々が続いた。会計士としての仕事はそれなりに充実していたが、ひとつの違和感が決定的なものとなった。“気にしていない人も多いとは思いますが…、”と前置きをしたうえでこう続けた。
監査は社会に必要であり、社会的意義のある仕事でもありますが、職業的懐疑心を持って取り組む必要がある、担当部門の人たちを疑う姿勢も必要な仕事なわけです。相手側からすると、粗探しをされるような風に受け取る人もいるでしょう。歓迎されていない感じの中でも仕事をしなければいけませんでした。
特に、期末監査の時期となると、クライアントも決算作業で忙しい中、資料の提出をお願いしても、気持ちよく出してくれるというわけではなく、迷惑なんだろうなと思いながら仕事を続けることはやはり負担でしたね。それが監査の仕事と言われればそうなのですが、自分には合っていないと感じました。
監査業務から離れ、独立。ゼロから税務を学ぶ
自分の性格には合わないと感じたとしても、だからすぐに独立というわけにもいかないだろう。転職という選択肢もあっただろう。なぜ大きな看板を離れて独立という道を選んだのだろうか。
入社当時は、私も監査法人でずっと働き続けるものだと思っていました。漠然とですが、入ったからには最後まで、と。でも時代が良かったのです。所属会計士の半数くらいは独立する時代でしたから。監査業務をストレスに感じるのであれば、固執する必要はないと考えました。
とはいえ、勇気は必要ではなかったのだろうか。
当時の監査法人は出戻りも歓迎されていましたし、なんとかなるかなと思いました。実際、私自身、監査法人を辞めた後の3年近くは、中央監査法人の非常勤としても仕事をさせてもらっていたので、金銭面での不安はありませんでした。独立はハードルの高い選択ではなかったのです。
業界内でも高い位置に上り詰めた現在のクリフィックスの姿とは相反する、意気込みや野心といったものとは無縁の理由に驚かされる。
一方で、それだけの先輩・同僚が監査法人から独立するのであれば、またそれはそれで競争となりそうだが、その差別化はどう考えたのだろうか。
それは考えましたね。当時、先輩たちの多くが独立していましたが、当時、主流だったのは「会計士の強みを活かして、財務のアドバイスをする」というスタイルでした。売掛金の回収を早めたほうがよい、借り入れの余地はあとどの程度あるか、などということです。
けれども、こうした財務のアドバイスを売りにしても、一度アドバイスをすると、翌年、新たなアドバイスの論点がでてくるということは、ほとんどありません。継続的な付加価値の提供が難しいのです。となると財務ではないし、会計だけでも弱い。やはり税務だなと考えました。もちろん勉強しなければいけませんが、勉強という難関があるからこそ、差別化になります。感覚的ですが、ハードルが高い方へいく方が結局勝てると感じたのです。
柔らかい物腰のために気づきにくいが、さらっと「勝てる方を選ぶ」「努力を厭わない」という姿勢がまた見えてくる。
クライアントファースト、“高度な・深い方”へと進む
山田氏はいよいよ税務に注力すると決めた。しかし、監査法人出身の会計士との差別化になるとはいえ、ライバルには税理士もいる。税務経験が十分ではない独立したての若手会計士が顧問契約できる企業は、高度な税務を必要としていないのではないだろうか。
それは本当にその通りです。ただ年に一度、税制改正が行われることで、税制は複雑に変化していきます。これは我々にとってはビジネスチャンスだと理解しました。いち早く最新の知識を身につけて、何が変わったのか、その変化にどう対応することで損がないのかを提示できれば、お客様の役に立ち続けることはできるだろうと考えたわけです。
この、”お客様の役に立つために”というポリシーは、独立当初から明確だったのだろうか。
いえ、そうした思いが固まっていったのは、独立して5年ほど経ってからです。法人化したのもその頃です。監査法人の時と違い、自分のお客さんを持ち、接していくうちに、自然とそうした思いが強くなってきました。
監査業務でお客様から歓迎されていなかったという感覚は自分の中で大きく、せっかく独立してお客様のお役に立てているのだから、やはり「クライアントファースト」でやっていきたい。そうなると法人名にもその気持ちは込めたいと、「Client First」からの造語で「クリフィックス」を名乗るようになりました。
クリフィックスの大きな特徴としては、「税務と会計の両面からクライアントを支える」ということが挙げられるが、この方針はいつどのように決定されたのだろうか。
すると、”少しずつ、上場会社の子会社などがお客様になり始めた時に考えました。”と回想した。
例えば、上場企業のお客様が非上場株式を持っているとした場合、その価値が下がってきそうだという時に、その評価を落とすかどうかというのは、税務と会計では考え方が違うのです。
それはつまり、クライアントの経理部長さんは、ひとつの事案で、税理士と会計士にそれぞれ問い合わせをする必要が出てくるわけです。正直面倒なことです。税務と会計の両方がわかる相手に、メール1本・電話1本で話ができて解決できればストレスがないし、何より便利だろうと思いました。
この気づきが、現在のクリフィックスの基礎になっていると言っても過言ではないだろう。そして、クリフィックスは、高度な方へ、深い方へ進んでいくことなる。
創業期のハードな環境がクリフィックスの基盤をつくった
業界内でも落ち着いた雰囲気の人材が集まるクリフィックスだが、創業期にはハードな環境だったこともあったという。
現在とは違い当時の繁忙期は、自分も含めて全員でかなりの残業もしていましたし、ハードな時期が続くこともありましたが、全員に熱意があって全員が思い切り仕事をしていました。教える時はマンツーマンで、事務所のムードも仕事の内容も、スタートアップさながらという感じでした。挑戦しなければクリアできない仕事の量と質、何かあれば教えてくれる上司や先輩の存在、同様に挑戦している同僚の存在。相応の環境があれば人は育つという実例だったと思います。
人を育てること、スタッフのモチベーションを重視する姿勢は、山田氏のこんな言葉からも実感できる。
同業他社が提供できない、お客様にとってプラスになることを提供できるとやはり、「ありがとう」という言葉をもらえる。その言葉が何よりのモチベーションになります。
努力はみんなする。だからこそ、私のようなマネジメントする側は、その努力が無駄にならないように、努力の方向や仕事の難易度の高さを適切に設定することが大切です。社内で褒められることも嬉しいけれど、やはりお客様から感謝されたら嬉しいしまた頑張ろうと思うじゃないですか。
お客様からの感謝が積み重なることで、お客様がまた別のお客様をご紹介くださることにつながる。そうやって、クリフィックスは成長してきました。
山田氏の柔らかい物腰からは、巧みな営業力で案件を獲ってくるといったような、THE営業マンといった雰囲気は感じられない。だからこそ、どうやってクライアントを増やし、事務所を拡大させてきたのだろうかという疑問があったが、「紹介」というワードで合点がいった。さらには、努力の方向性や仕事の難易度を調整することという言葉からは、クリフィックスのマネジメント方針が見えてくる。
大事なこと、それは採用と教育
クリフィックスは、「お客様の役に立つ」「高度な方へ、深い方へ」を目指したが、そうは言っても、自身だけでなく、その想いと専門性を持ち合わせたメンバーが揃った組織をつくることは簡単ではないだろう。当然ながらクリフィックスが欲しい人材は他も欲しいに決まっている。
すると、”大事なのは、採用と教育ですかね。”とした上で、”クリフィックスは採用と教育には最も力を入れている事務所のひとつだと思います”と言った。
採用に関して、最も重要視しているのは、伸びしろです。当社のお客様は頭がキレて、仕事ができる人が多い。そのような人から信頼を受けるためには、それだけの実力をつけようという強い思いが必要です。入社してすぐでは難しくても、努力し続けて成長につなげる。そうすれば、お客様と通じ合っていけますから。
クリフィックスでできること、それは、特別で貴重な経験
クリフィックスではきっと、“クライアントと通じ合える”という経験が得られるのだろう。
そう問いかけると、そうだと頷きながら、こう答えてくれた。
お客様と長く良い関係を築けるからこそ、例えば「3年前のあの件は大変でしたね」と笑って話せる。歴史を共有できるわけです。10年単位でお客様を支えることができる仕事はそうありませんが、公認会計士や税理士はその専門性を持って、真の意味で役に立つことができる。こんな職業はなかなかないし、こんな経験はそうそうできません。
また、クリフィックスという組織が、急拡大せず緩やかな成長を続けていることについて尋ねると、”簡単ではない業務を担える人材を、確保できるレベルでの成長を心がけているからです。”とした上で、もうひとつと付け加えた。
従業員数を増やすことにはあまり意味がないと考えています。というのも、一人当たりの売上を増やすことの方が大事で、それが実現できれば、お給料も上げることができる。そうすれば一人ひとりのモチベーションも上がります。給料が上がるということは、採用時のアピールポイントにもなります。従業員が満たされることで、お客様により良いサービスが提供できることにつながることの方を重視しているのです。
「従業員のモチベーションを上げることがクライアントファーストのためにもなる」という考え。クリフィックス税理士法人が、クライアントから支持され続ける理由のひとつが、ここにあった。