公認会計士の皆さん、こんにちは。会計士ナビ準レギュラー(?)の納富です。突然ですが、こちらのツイートをご覧下さい。
監査法人勤務でベンチャーキャピタルのコントローラー職に興味のある方ご連絡お待ちしております!
事業会社のCFOではなくプロファームのCFOというのもキャリアの選択肢としてありかと。— T.Hino (@GETII) March 13, 2022
こちらはとあるベンチャーキャピタル(以下、VC)の代表パートナーのつぶやきです。ベンチャーキャピタルのコントローラー?プロファームのCFOってなんのこと?なんで監査法人の会計士を誘っているの?
ところで、近年スタートアップのCFOを目指す方や、VCのキャピタリスト(投資担当者)を希望する方が増えています。が、監査・公認会計士の仕事とそれらが地続きではないのもまた事実。カルチャーも違う、仕事も違うスタートアップへ適応するのは簡単ではありません。
そこでキャリアの一つとして検討していただきたいのが「VCのコントローラー」。なのですが、VCのコントローラーが何をやっている人なのかはほとんど知られていません。
というわけで、ツイート主の日野さんと、監査法人出身で現在、ベンチャーキャピタル「DRONE FUND」にて実際にコントローラーとして働いている公認会計士の河野さんに、コントローラーの職務内容やなぜ公認会計士がコントローラーに向いているのか、聞いてきました。
BIG Impact 株式会社
代表取締役 Co-Founder
日野 太樹
早稲田大学のMBAを取得後、大手VCにて投資及びファンドマネジメントに従事。2014年にオプト(現、デジタルホールディングス)入社後、投資及びオプトベンチャーズ(現、Bonds Investment Group)立ち上げを経て、スタートアップの創業メンバー・CFOとして事業創出・経営を行う。事業会社にてオープンイノベーション戦略を担った後、2018年にオプトベンチャーズ(現、Bonds Investment Group)に再参画。2022年独立し、スタートアップエコシステムによる日本の革新をテーマとしたBIG Impact株式会社を創業。
DRONE FUND株式会社
コントローラー・公認会計士
河野 哲也
大阪府立大学工学部航空宇宙工学科卒。大手監査法人の地方事務所において会計監査、金融機関監査に従事後、会計系コンサルティングファームにて、非上場企業の管理体制のハンズオン整備、上場企業のM&Aアドバイザリー業務を多数経験。その後、地方創生型官民ファンドにおいて、投資先に対するハンズオン支援、ミドルバック業務に従事。2021年11月にDRONEFUNDに参画し、コントローラーとしてガバナンス体制の整備構築・改善維持を担う。
コントローラーの仕事は「投資の品質担保」と「ファンド全体の管理」
納富(pilot boat):
日野さん、河野さん、本日はよろしくお願いします。
日野さんは会計大学院出身で現在はVCの代表としてコントローラーを採用して一緒に仕事をする立場、河野さんはトーマツの神戸事務所やファンド出身で現在はDRONE FUND(※)コントローラーとして働かれている立場。異なる視点からVCのコントローラーについて話を聞かせて下さい。
(※編注)DRONE FUND:株式会社コロプラ元取締役副社長で、千葉道場ファンドパートナー、スタートアップのエンジェル投資家としても名を馳せる千葉功太郎氏が代表パートナーを務める、ドローン・エアモビリティ関連のスタートアップ投資に特化したVC。NASDAQへのSPAC上場が発表された株式会社A.L.I.Technologiesなどに投資実績。
まず前提として、コントローラーについての統一的な定義や決まった職務内容はありません。何人かにお話を聞いてみても、各社ごとにコントローラーと呼ばれる方が担っている業務はちょっとずつ違うようです。なので最初に、2人の会社でコントローラーがどんな役割を担っているか、教えてください。
河野(DRONE FUND):
私はいわゆる「ミドルバック」に近い仕事を担っています。そもそもVCには、フロントとしてのスタートアップ投資を直接担当するキャピタリストと、事務処理をしてくれるバックオフィス、その間でリスクマネジメントやプロジェクト管理をするミドルバックがいます。
このミドルバックに相当する人が、DRONE FUNDのコントローラーです。「ポートフォリオマネージャー」など、別の名称で呼んでいるVCもいるようですね。
河野(DRONE FUND):
そもそもVCのキャピタリストには、ビジネスモデルに明るい人、特定の業界に詳しい人、研究者出身の人など、色々なバックグラウンドの人たちがいます。それゆえに、彼らが必ずしも会計や法務といった専門性を持ち合わせているわけではありません。
つまり、彼らは日々スタートアップを目利きしているわけですが、ビジネスモデルや技術の判断はできても、資本政策や税務、法務については明るくない人もいるわけです。とはいえ投資に際しては一定の品質は担保しなければならない。そこで登場するのがコントローラーです。
例えば「すごい技術を持っている!」といってキャピタリストがスタートアップを見つけてきても、資本政策がメチャクチャだったらVCとしては投資できません。なので資本政策がどうなっているか、取引先との契約条件はどうなっているか、その他成長の壁になるようなものはないか。そういった投資に際しての品質を担保する仕事をコントローラーは担っています。
日野(BIG Impact):
BIG Impactはまだ立ち上げたばかりで、コントローラーはいません。ですので、前職までの経験や、これから採用したい方という視点でお話させていただきます。BIG Impactとしてはコントローラーに、河野さんが説明してくれたような仕事に加えて「ポートフォリオの管理と状態把握」を求めています。この役割は「VCのCFO」と捉えていただけるとわかりやすいでしょう。
そもそもファンドというもの自体、コントローラーが必要な構造になっていると私は認識しています。事業会社やスタートアップだと主には、事業活動はCXO、資金調達はCFOの仕事です。
しかしVCの場合はファンドレイズ(投資家からの資金集め)やその管理も事業活動の一貫。パートナーと呼ばれるファンドの代表は、スタートアップ投資もしなければいけないし、同時にファンドマネジメントもやらないといけない。それがVCの基本構造です。
日野(BIG Impact):
私は今、「BIG Impact」という会社のパートナーで両方をこなす立場です。これまでスタートアップ投資もしてきたし、ファンドの管理もしてきました。なのでやろうと思ったら投資も管理もできます。ただ、私はあくまでもベンチャーキャピタリストなので、ある程度はスタートアップ投資に集中したいんです。
そこでファンドの管理をある程度任せられるコントローラーが必要になります。「ここの数字はどうなっていたっけ?」「ここに投資したら投資先ポートフォリオはどういうバランスになる?」「LPにこういう報告をしたい」。そういったポートフォリオの細かい管理を、コントローラーに任せたいんです。
スタートアップCFOには営業力が必要だけど……
納富(pilot boat):
投資時における品質担保とファンド全体の管理。大きくこの2つがコントローラーの仕事というわけですね。VCにおいてはファンドレイズ(新しいファンドの立ち上げ)も大きな仕事だと思いますが、ここにもコントローラーは関係しますか?
日野(BIG Impact):
もちろん関わってきます。VCのファンドレイズに際しては、パートナーが「私たちのファンドに投資して下さい」と、事業会社や金融機関に営業しに行きます。その際、前回までの投資のパフォーマンスや実績、投資の仕方、今後の見通しなどをまとめる必要がある。とはいえ先述したように、パートナー自身があまりに細かい情報を把握していることは稀でしょう。
なのでコントローラーに詳細な資料を用意してもらったり、情報をまとめてもらったりするんです。VCにとっては投資家周りも営業ですから、営業管理とも言えますね。
こういった活動はファンドの歴史を重ねるほど重要になっていきます。しかし次第にデータが増えてまとめるのが難しくなっていくし、何よりそんなことを細かくコツコツやれる人がキャピタリストにはいません(笑)。パートナーの営業活動をコントローラーが補助してくれれば、投資家に営業しにいく際には有益かと思います。
納富(pilot boat):
スタートアップが資金調達する際には、CEOが前面にたってVCと交渉します。それを後ろでCFOが支えていますが、その関係と似ていますかね。
日野(BIG Impact):
構造は似ています。ただスタートアップの場合は、CFO自体の経営者能力やキャラクター、つまりフロントマンとしての能力や営業力を見られるケースもありますが、ファンドのコントローラーはさすがにそこまで見られていないかと思います。どちらかというと実務・管理能力の方が重要でしょう。だからこそ監査法人出身の公認会計士は、コントローラーに向いているんじゃないかと思っています。
というのも、近年公認会計士が監査法人を辞めてスタートアップのCFO(またはそれに近い役職)になるケースをみかけるのですが、いきなりスタートアップに行って、ギャップに苦労しているのをしばしば見かけるからです。
先程も言ったように、スタートアップCFOには、フロントマンとしての能力や営業能力が求められます。実際、その能力が高くてかなり名の知られているCFOがいるスタートアップもいる。でも会計士ってキャラ的にそういうのが得意な方って少なくないですか?
私は会計大学院出身なこともあって、会計士に知人がたくさんいますが、そういう印象をもっています。フロントマンや営業というよりは、ちゃんと実務をコツコツとこなすことが得意な方が多いのではないでしょうか。
監査法人からスタートアップに転職したら、カルチャーフィットもしなければいけない、仕事も覚えなければいけない、さらにやったこともない営業も頑張らないといけない。つまりやることが多くて大変なんです。
でもVCのコントローラーなら、少なくとも直接的な営業活動は求められず、得意なコツコツ作業に集中できる。だったらコントローラーの方がいいんじゃないかと思っているんです。CFOになるにしても、いきなりスタートアップに行くのはハードルがあるので、一旦VCのコントローラーという仕事をして、業界を知るのもいいのではないかと思います。
コントローラーにも役立つ監査の経験
日野(BIG Impact):
VCのコントローラーは、公認会計士のキャリアとしても合理性があると感じています。公認会計士のキャラクターという意味では、前述のように営業力バリバリというよりは、実務をコツコツとこなしてくれる方が多い印象です。ところが、監査法人に残って出世しようとすると、結局営業力が必要になってきますよね。つまり、マネージャーまでは会計の知識やマネジメント能力が要求されますが、パートナーになると営業力も求められる。今まで営業なんかしたことないのにいきなり求められるんだから、キャラクター的に向いていない方も一定数いるんじゃないかと思います。
だったら直接的には営業活動がないVCのコントローラーもいいんじゃないかな。というのが、公認会計士にVCのコントローラーが向いていると思った理由で、(冒頭で紹介した)ツイートの真意です。コントローラーはなり手がまだ少ないということもあって、給料も悪くないですよ。
納富(pilot boat):
公認会計士はキャラクター的にVCにコントローラーに向いているんじゃないかと。河野さん、今の話を聞いてどうですか?
河野(DRONE FUND):
完全に同意ですね。向いていると思います。監査法人出身者を前提とすると、監査の過程で会計だけでなく、税務や法務にも触れていますよね。VCのコントローラーとしての職務を果たす上でもそういった知識は必要ですから、その経験はかなり有効だと思います。「会計や税務はこういう仕組みになっている」「法のつくりはこうだよな」という勘所があると、新しいこともキャッチアップしやすいですからね。
日野(BIG Impact):
確かに。監査をしていると、当然契約書にも目を通すじゃないですか。そういった経験が少ない方も多いですからね。その抵抗感がないのも会計士のいいところだと思います。
河野(DRONE FUND):
公認会計士にはキャラクター的にも、アグレッシブというよりは、いい意味で保守的な方が多いと思います。俯瞰、客観、ブレーキ役……コントローラーにはそういった性格の方が向いていると思います。なにせキャピタリストがアクセル全開なので(笑)。
納富(pilot boat):
公認会計士は会計のことは当然詳しいですが、税務や法務は必ずしも詳しいわけではないですよね。その点は大丈夫ですか?
日野(BIG Impact):
必要なときは、税理士や弁護士に確認するので、ガチガチの専門知識が必要なわけではありません。専門知識そのものというよりは、不明点があれば専門家に確認しなければいけないことをまとめて、相談して、結果をちゃんと斟酌する素養のほうが大事。それは監査人が普通にやっていることですよね。そういう意味でも監査の経験はコントローラーに生きると思います。
コントローラーとして働きたい? その前にカルチャーや働き方にも注目を
納富(pilot boat):
転職エージェントもしている公認会計士ナビ編集長の話によると、最近はスタートアップ業界への転職を志す方も増えているそうです。ここまで記事を読んでくれた方ならVCのコントローラーに少しは興味をもってくれたと信じて話を続けますが(笑)、スタートアップへ転職する際には、スキルフィットよりもカルチャーフィットが重要と言われます。それと比べてVCはどうでしょう?
河野(DRONE FUND):
監査法人からみれば、スタートアップはもちろん、VCもかなりカルチャーは違います。なので転職に際しては、良い意味で柔軟に対応する覚悟はしておいた方がいいと思います。
日野(BIG Impact):
会計監査業界とVCでカルチャーが違うのは間違いありません。とはいえ、一口にカルチャーといってもVCによって全然異なります。例えばBIG Impactはカルチャーフィットを重視していて、具体的にいうと、ハードワーカーを求めています。
納富(pilot boat):
ブラックという意味ではなくて、決まった仕事だけでなく、どんどん新しい仕事にチャレンジする、というようなニュアンスでスタートアップ界隈ではハードワークという言葉を使いますね。
日野(BIG Impact):
そうですね。弊社は「みんなで稼ぐ・貢献する」ことを意識していて、なのでコントローラーの報酬にもインセンティブ(成果報酬)をつけるかわりにハードワークを求めます。でもバックオフィス業務は安定して仕事をしたいという方が少なくないのも事実。なので働くに際しては、こういったギャップは確認したほうがいいですね。
河野(DRONE FUND):
確かに、事業会社だと営業が頑張ってインセンティブを得る一方で、バックオフィスは安定的で定時に帰るといった会社も多い。ただVCは小さな組織ということもあって、「みんなで一丸となって」というスタートアップに近いカルチャーの会社も多いかもしれませんね。
納富(pilot boat):
ありがとうございます。ここまで「公認会計士にはVCのコントローラーもオススメだよ」という話をしてきましたが、といってもスタートアップに興味がある方も多いかと思います。そこの峻別はどうしたらいいでしょう。
日野(BIG Impact):
スタートアップのCFOを狙うなら、その事業自体に思い入れをもてるかが重要だと思います。そうではなくて「スタートアップ業界」に興味があるなら、コントローラーに限らずVCなどのエコシステムビルダーとして、業界全体に貢献するのもいいのではないでしょうか。
納富(pilot boat):
BIG Impactは現在コントローラーがいないとのことですが、これから採用するのですか?
日野(BIG Impact):
(インタビュー時点で)BIG Impactはまだファンドレイジング中なのですが、落ち着いたらコントローラーを募集する予定です。興味がある方はぜひご連絡下さい。コントローラーはキャピタリストやスタートアップ(のCFO)ほどハイリスク・ハイリターンではなく、バックオフィスほどローリスク・ローリターンではありません。弊社に限らず、公認会計士がミドルリスク・ミドルリターンな選択肢としてコントローラーに興味をもっていただけたら嬉しいです。
河野(DRONE FUND):
色々お話してきましたが、コントローラーという職は、結局キャピタリストやパートナーが仕事しやすい環境をつくることです。なので、守備範囲が限定されないのも魅力の一つかもしれません。ファンドがより高いパフォーマンスを出していくために、まだまだやれることはあると思いますので、会計士の方がこういう新しい仕事に取り組んでくれると嬉しいです。一緒に頑張っていければと思います。
日野(BIG Impact):
新しい仕事という意味で、公認会計士がVCでやれることはまだまだあります。例えば今VCでは、投資先の株価の公正価値評価ができる人材が不足しているんです。もし監査経験を踏まえて公正価値評価できる人材がいたら引っ張りだこじゃないですかね。
納富(pilot boat):
では、VCのコントローラーに興味のある会計士の方がいたら、日野さんか河野さん、もしくは公認会計士ナビの編集長にこちらから相談に行って下さい(笑)。
日野さん、河野さん、本日はありがとうございました。
日野さん・河野さん:
ありがとうございました。
【編集後記を公開中!】記事にも登場した納富と公認会計士ナビ編集長の手塚で、記事の内容や記事では触れられていないVCのコントローラーのキャリアについてトークをしています。下記の動画もぜひご覧ください。
取材・執筆:pilot boat 納富隼平
撮影:taisho
撮影協力:SHIBUYA QWS