【後編】実家の酒屋を売却し、日本酒の未来をスタートアップに託した世田谷育ちの公認会計士の話(公認会計士のリアル 第11回:川口 達也)



公認会計士のリアル_11_川口達也氏_サムネイル_後編公認会計士のリアル、第11回は、株式会社Loco Partners(ロコパートナーズ)に勤務し、実家の酒屋の事業承継に取り組む公認会計士・川口達也さんによる執筆です。

前編、後編に渡り、世田谷区にある実家の酒屋・川勇商店(有限会社川勇商店)をスタートアップへと売却したエピソードをお届けします。

前編はこちら→ 実家の酒屋を売却し、日本酒の未来をスタートアップに託した世田谷育ちの公認会計士の話【前編】(公認会計士のリアル 第11回:川口 達也)

著者

LocoPartners/経営管理部/GeneralManager/公認会計士/川口達也氏

川口 達也
株式会社Loco Partners
経営管理部 経理グループ
General Manager/公認会計士

1988年、世田谷区の小売酒屋「川勇商店」の長男として生を授かる。
高校卒業後、1年間の浪人生活を経て、早稲田大学商学部に入学し、大学1年からCPA会計学院早稲田校で公認会計士の勉強を始める。大学在学中はダブルスクールの傍らゼミやサークルも並行して取り組み、2012年4月、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に入社。新卒としては初の経理部配属となり、単体決算、会計システム刷新プロジェクト、IFRSでの連結決算・開示、子会社管理など、幅広い業務に従事。2017年2月より株式会社Loco Partnersに入社し、バックオフィス全般を管掌。2012年11月、DeNA入社1年目に公認会計士試験論文式試験に合格。

※所属・役職等は記事公開時のものです。

前編はこちら→ 実家の酒屋を売却し、日本酒の未来をスタートアップに託した世田谷育ちの公認会計士の話【前編】(公認会計士のリアル 第11回:川口 達也)

実家をすぐに売れない、大きな問題点とは?

生駒さんからの依頼をきっかけに、実家を売却すると言う選択肢について検討し始めた私ですが、すぐに複数の壁に突き当たります。

今回、酒類販売免許(以下、酒販免許)の旧免許を持つ法人(有限会社川勇商店)の売却を検討するわけですが、そもそも酒販免許の許認可に関して記された文献が少なく、売却にあたってどういった手続きをとれば良いのか検討もつきません。

川勇商店

そんな中、調べていくと酒販免許には独特とも言える規制があり、それらにどう対応すべきかもわかりません。

また、川口家としても解決すべき課題がありました。

ひとつは、父も酒屋としての事業はまだ5年はやりたいと言っており、また、私自身も酒に関する何かしらの事業をやりたいと考えていたため、単に酒販免許を売却するだけでなく、事業を存続できる形をとることが必要でした。

もうひとつは、実家の川勇商店は、家族経営ではありがちかもしれませんが、祖母が長年立替えてきた経費の一部が役員(祖母)からの貸付として残っているなど、川口家と有限会社川勇商店の間でのお金の整理もする必要がありました。

「酒屋の売却」と言うとそれほど難しいイメージはないかもしれませんが、小さくとも酒販という規制事業を営む会社のM&Aであり、そこに事例の少ない許認可に関する手続きや相続を始めとした家庭の問題も複雑に絡み合っていました。

正直なところ、課題の解決方法を調べるだけでもかなりの手間がかかりそうであり、それがいくつもあるため、解決の方法がわかったとしても実行が難しいものもありそうで、実現までの道のりはとても険しいものに見えました。

そのため、生駒さんの期待に答え日本酒業界にも貢献したいという気持ちはあったものの、売却スキームがある程度見えてきたこのタイミングで「うちみたいな買収しにくい会社よりも、例えば、免許だけ残して休眠しているような、買収しやすい案件を他に探しても良いのではないですか?」と生駒さんに伝えました。

しかし、そんな私への生駒さんの回答はこうでした。

「確かに、免許を取得するだけが目的ならそれでも構いません。しかし、私達のビジネスパートナーは、数百年の歴史を持つ蔵元です。そういった方々とお話をさせて頂くのに、ただ免許を持ってさえいれば良いとは私は考えてはいません。川勇商店さんのように日本酒に対する想い入れや歴史のある酒屋から免許を譲って頂き、その想いを大事にしながら事業をしたいのです。」

旧免許が取得できれば生駒さんの目的は達せられるだろう、そう考えていた私に生駒さんはより熱い想いをぶつけてきたのです。

結成!日本酒を愛するドリームチーム!

眼の前に現れた壁の高さを目にして、正直なところ、そこまで手間と時間をかけてまでやらなくても良いのかな…との思いが私の中にはありました。しかし、生駒さんはそんな壁をものともしない情熱を持っていました。

「生駒さんがそこまでの想いで向き合われているのなら、私もやりましょう!」

生駒さんの情熱を目の当たりにして、気がつけば私の中にも熱い想いが溢れてきていました。困難なプロジェクトになりそうですが、難解な課題をとことんやりきるという姿勢やマインドもDeNA時代に私の身体に染み込んでいます。

「このディールをやりきって、酒屋の息子として、公認会計士として日本酒業界に貢献しよう」、私は、新たな心持ちで、改めて目の前の課題に向き合い直しました。

そこでまずは、自分では解決しきれない課題に関しては、専門家の力を借りることとし、以前参加した酒蔵見学で知り合った、弁護士法人ほくと総合法律事務所の弁護士である千葉さんに声をかけることにしました。

千葉さんに「お酒好きの僕たちにとって、とても面白い案件があるので一緒にやりませんか?」ともちかけたところ、大好きなお酒に関する仕事ってやりがいあるね!と意気投合し、ふたりで進めることになりました。

これにより、法務論点についてはクリアできそうな目処が出てきました。

次に、酒販免許の許認可や規制に対応するために、アクセス行政書士事務所の大浦さんに相談をしました。

そして、法人税や相続税などの税務面では、ビジネス・ブレイン税理士事務所の畑中先生、EMZ総合会計事務所の佐久間先生が力を貸してくれることとなりました。(ちなみに畑中さんは、私と同じ公認会計士で実は利き酒師の資格もお持ちである株式会社ストライクの荒井邦彦社長に紹介頂きました。)

今回のM&Aは、小さいとは言え、会社法、税法(法人税、相続税)、酒販免許の許認可(酒税法)、財務などが絡む複雑なディールであり、もし仮に各分野の専門家に正規の報酬で依頼すれば、その出費はいち家族が支払うにはかなり厳しい金額になったと思います。

しかし、有り難いことに彼らはみな日本酒好きで、「打ち上げでうまい日本酒を飲みましょう!」という私の誘いとわずかな報酬だけを条件にこのプロジェクトに参加してくれました。

こうして酒屋のM&Aに向けて、日本酒好きの専門家たちによるドリームチームが結成となりました。

どう実現したのか、実家の売却スキーム

各分野の専門家が揃ったことにより、ディールは大きく動き始めることとなります。

ディールの進行は一般的なM&Aと同じく、機密保持契約を締結し、スキームを検討、スキームが決まれば基本合意契約書を締結、最終的な契約(クロージング)のために各種契約を締結、という流れで進みますが、その過程で、いくつかの論点を解決しなければなりません。

まずは酒販免許の移転についてです。

調べてみたところ、酒販免許は譲渡はできませんが、免許を保有している法人の売却は可能とのことで、旧免許を保有する有限会社川勇商店(以下、川勇商店)に免許を残した形で家族が保有する株式等を株式会社Clear(以下、Clear)さんに買収頂く形を基本とすることにしました。

一方、父と私の「酒屋を継続したい」という希望に関しては、一般免許があれば事足りますので、新たに株式会社を設立し、その会社名義で新規に一般免許を取得することとしました。

そして、新会社の設立と免許の取得が完了したタイミングで、川勇商店から、川口家が行う酒販事業に係る資産と負債を分離し、酒販免許を有する新会社へと譲渡しました。

これによって、川口家は現在の場所で酒屋を継続できることになりました。

そして、旧免許を保有する川勇商店に関しては、株式等の所有者である父と祖母からClearさんへと売却し、Clearさんは子会社となる川勇商店を通じて旧免許での酒販事業を行うことができるようになりました。

もちろん、この過程には様々な調整や交渉もあり、ここに書いているほどスムーズに話が進んだわけではありません。

しかし、このスキームにより、Clearさんの目的とする旧免許の取得、川口家の事業継続の両方を実現することができ、実家の売却は無事に完了しました。2018年7月のことでした。

実家の売却を実現に導いた会計士資格、そして、祖父の商才

こうして無事に川勇商店の売却を完了することができましたが、今回のディールは、まさに自分のルーツ、原体験によって実現したものだと感じています。

会計士資格とそれによって得た経験によって、高校時代にはわからなかったビジネスの仕組みやその裏側で発生する会計や税務、法務的な事象が見えるようになり、複雑な論点を整理しながら、関係者が皆、納得する結果へとプロジェクトを導いていくことができました。

また、力を貸してくださった士業の皆さんにも感謝してもしきれませんが、皆さんと出会うことができたのも、会計士資格をきっかけとした活動のおかげでした。

力を貸してくれたみなさん、両親との打ち上げ、川口家にて

力を貸してくれたみなさん、両親との打ち上げ、川口家にて

このディールを成立させるために必要だった知識、経験、人脈…いずれも会計士だからこそ得られたものであり、高校時代に他の資格ではなく会計士を選んだことが今日の自分へとつながったと感じています。

また、新卒で監査法人ではなくDeNAという会社を選んだことも大きかったと思います。

実家に対する意識を変えてくれたのは、今でも付き合いのあるDeNAの先輩の「実家が酒屋って、良いアセットを持っているね」というひと言でした。その言葉によって実家は私にとって活かすべき資産(アセット)であることに気が付きました。

新しい事業を次々と手がけるDeNAというベンチャースピリットに溢れた会社で働き、DeNAから飛び出し起業家としてチャレンジする同僚たちに恵まれたことによって、「できる、できない」ではなく、「目標をどう実現するか」という思考や、ビジネスを通じて世の中の課題を解決しようという情熱が私の中にも根付いていました。

もし、私が新卒でDeNAではなく監査法人を選んでいたら、困難の大きいディールをやりきってまで、日本酒業界に貢献したいというパワーやマインドは持てていなかったかもしれません。

そして、このディールを語るに当たって、欠かせない人がもうひとりいます。

それは、今は亡き私の祖父です。

店頭に立つ若かりし頃の祖父

店頭に立つ若かりし頃の祖父

今回のディールの過程で、酒販免許について調べて知ったのですが、酒販免許は個人でも法人でも取得することができるそうです。

しかし、個人で免許を取得している場合は、相続を除いてその免許を譲渡することができないのです。

ゾンビ免許と呼ばれる旧免許の希少性が高い理由のひとつがここにあり、個人名義で酒販免許を取得して、相続人以外には継承できず廃業となった酒屋も多いのではないかと思っています。

そのため、もし私の祖父が個人として免許を取得し、父や祖母が個人としてそれを受け継いでいたら、今回のディールが実現されることはなかったでしょう。

祖父が将来の事業承継までも見越して有限会社を設立し、そこに免許を紐付けていたのかどうかはわかりませんが、今のようにビジネスに関する情報が簡単に手に入らず法人設立にも手間もコストもかかった時代に、家業と事業を区分し、法人を使って酒屋経営を行っていた祖父。このことを知ったとき、私は祖父の商才や、祖父が事業に込めていた熱意を感じずにはいられませんでした。

有限会社川勇商店の定款

有限会社川勇商店の定款

祖父が有限会社を設立した際の申請理由書

祖父が有限会社を設立した際の申請理由書

酒販免許申請時に提出した理由書

酒販免許申請時に提出した理由書

酒販免許申請時に提出した店舗周辺の地図

酒販免許申請時に提出した店舗周辺の地図

ディールを終えて、酒屋×会計士としてのこれから

ディールを終えて数ヶ月が立ちました。

先日、Clear社が資金調達をされ、川勇商店の免許が同社の事業に役に立ったのだと実感することができました。また、そのラウンドにDeNAの先輩であるアカツキの塩田元規さんが投資家として参加されており、不思議なご縁も感じています。

実家は、店頭での営業は終了し、配達での販売のみ継続、次の事業展開に向けて力を蓄えています。

次の事業展開に向けてそして、私自身ですが、今回のディールを経て、実家である川勇商店のルーツを知ることができました。

また、「酒屋」と「公認会計士」というアイデンティをこれまでよりも実感するようになり、それを活かしたキャリアを歩んで行こうとの想いも強くなっています。

「酒屋」と「公認会計士」このふたつをかけ合わせると何ができるでしょうか?

“飲める公認会計士事務所”を設立し、所長である私が厳選したこだわりの日本酒をクライアントや士業のみなさんに販売していくのなんてどうでしょう。

また、日本酒業界は歴史や伝統がある一方で、まだまだアナログな部分も多いので、会計やビジネス面での最新ノウハウを発信して業界のアップデートに貢献するのも良いかもしれません。

もしくは、日本酒業界とスタートアップ業界ふたつの人脈を活かして、その橋渡し役となるのも面白いかもしれません。

「酒屋×公認会計士」として、やりたいことは尽きません。

一流の杜氏が時間をかけて日本酒を作り上げるように、「酒屋×公認会計士」としてのキャリアをじっくりと熟成させていこうと思います。

Special Thanks to…

お世話になった皆様

今回のディールでは以下の皆様にお世話になりました。(記事登場順

日本酒「百光」

今回のストーリーに登場した日本酒「百光」はSAKE100(運営:有限会社川勇商店)より購入ができます。ぜひその味をお楽しみください。Clear社オリジナルブランド日本酒「百光(びゃっこう)」

百光を購入する


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