みなさん、こんにちは。会計士・渡邉孝江が聞いてきた!のコーナー、第2弾です。
このコーナーでは、私が気になる“ユニークなキャリアを歩んでいる会計士”の方々の仕事やキャリアについてインタビューを行って、みなさんにお届けしています。
公認会計士
2012年、18歳で同年度最年少として公認会計士試験合格。2013年、非常勤で監査法人トーマツ名古屋事務所に入所。財務諸表監査、IPO支援などの業務に従事。2016年、公認会計士試験修了考査合格、公認会計士登録。2016年8月より東京に移住し、アンドディー(旧クラシテク)株式会社、経営企画部にてメディア運用業務に従事。
第2回の今回は、豪華なゲストをお迎えしました。
日本三大国家資格といえば、医師・弁護士・公認会計士ですが、そのうちのふたつである弁護士と公認会計士を取得し活躍されている、リンクパートナーズ法律事務所パートナーの菅沼匠さんです。 公認会計士であった菅沼さんはどういった経緯で弁護士資格も取得し、どんなキャリアを歩んで来られたのか、菅沼さんのキャリアに迫ってみたいと思います!
菅沼匠(すがぬま たくみ)
リンクパートナーズ法律事務所 パートナー
弁護士・公認会計士
2001年、大学在学中に公認会計士試験に合格。同年に監査法人トーマツに入所し、トータルサービス部門に所属し、会計監査やIPO支援業務に従事。その後、ジャスダック証券取引所の上場審査部に出向。2005年に当時従業員10名のクックパッド株式会社に管理部第1号として入社。株式公開、東証一部への市場変更などに関与する。クックパッド株式会社で勤務しながら司法試験の勉強を始め2011年に合格。クックパッド退職後、2012年に弁護士事務所に入所し、翌年にはランサーズ株式会社のCFOに就任する。その後2014年にリンクパートナー法律事務所を設立。日本大学非常勤講師、社外監査役・取締役も勤める。
菅沼さん、本日はお時間いただきましてありがとうございます。菅沼さんは、監査法人からスタートアップ企業への転職、そこでのIPO、さらには司法試験への挑戦、弁護士・公認会計士としての独立などなど、本当に多くのご経験をお持ちですよね。とてもユニークなご経歴なのでお伺いしたいこともたくさんあって、質問攻めにさせて頂くかもしれません(笑)
こちらこそ、本日は貴重な機会をいただきありがとうございます。お手柔らかにお願いしますね(笑)
会計士だからこそリスクをとれた -スタートアップ企業への転職
まずは菅沼さんが会計士と弁護士のダブルライセンスとなるまでの経緯についてお伺いしたいのですが、菅沼さんは、監査法人退職後、クックパッドに転職をされていますね。当時、公認会計士の事業会社への転職が今ほど多くない中で、かつ、従業員わずか10人程度のベンチャー企業へと、その意思決定をした背景がとても気になります。
そうですね、今では会計士の事業会社への転職も当たり前になってきましたが、当時は事例が少なかったですね。
まず私が、事業会社に興味を持ち始めたきっかけからお話しするのが良いと思うのですが、監査法人3年目のときに、ちょうどジャスダック証券取引所が立ち上がるということで、トーマツで出向者の募集がありました。本当に偶然ですが、私が出向することになり2年間出向しました。ジャスダックでは審査部で上場審査をしていたのですが、よく業務中に鐘を聞いていました。
上場した会社の社長が記念として鳴らす「あの鐘」ですね。私は、テレビでしか見たことがありませんが・・・
そうです。当時は年間150~200社くらいの企業が上場していた時代でしたので、毎日のように鐘の音を聞いていたんですね。そうすると、不思議な事に段々「自分も鐘を鳴らすプレイヤーになりたい」と思ってきたんです(笑)
それはとても面白いですね(笑)
きっかけは鐘を鳴らしたいと思ったことなのですが、でも、事業会社への転職という意思決定ができたのは、「会計士はいつでも会計士に戻れる」との考えがあったからなんですね。
会計士の職業は常に一定の需要があるので、資格さえあればいつでも仕事ができる、会計士は非常勤でもそれなりの時給を稼ぐことができる時代で、どうせ失敗しても生きていける。それならリスクを負ってでも挑戦したい、と思っていました。
「転職先で上手くいかなければ、会計士に戻ればいい。」、そう思えたのが大きかったですね。
リスクを負える資格を持っているからこその選択だったのですね。ただ、とはいってもまだ創業したての会社では、生活面・給与面の心配があったかと思いますが、どのように考えていたのですか?
給与に関して、2~3年のスパンで考えると給与は下がりますが、スタートアップ企業はストックオプションの制度がありますし、短い期間で考えたらマイナスかもしれませんが、長い目線で考えたら、プラスになるんじゃないかと思っていました。
今しかできない経験を積めば、将来の給与のベースは必ずアップするだろうと。経営学でいえば、割引現在価値で考えれば、将来価値は転職したほうが高くなると思うのですよね。
なるほど、割引現在価値の考え方でご自身の価値を考えられたのですね。スタートアップはリスクが大きい分、リターンも大きいですよね。転職先の選定ですが、事業会社の中でもレシピサイトのクックパッドに決めた経緯はどうだったのでしょうか。
きっかけとしては、監査法人の出向者懇親会というのがあって、そこで出会った会計士の知人がクックパッドに転職するタイミングだったのですが、彼から「一緒にクックパッドでやってみないか?」と誘われたことです。
それに加えて、クックパッドのビジネスモデルが面白そう!と思ったからです。
当時は、あのmixiが上場した頃だったんですね。CGM(Consumer Generated Media:消費者生成メディア)は今では当たり前のようにあるビジネスモデルですが、CGMの会社が上場するのは当時mixiが初めてでした。そして、そのmixiが上場したことによって市場から2000億円という評価(時価総額)を得たんですよね。新しいことを生み出して、それが評価されることが面白いなと思いました。
普通であれば「まさかレシピの会社が上場はできないだろう…」と思うかもしれませんが、CGMとレシピと組み合わせることで何か面白いことができるのでは…私の中ではそういった面白さが見えました。
転職する会社のビジネスモデルにも注目されていたのですね。
私の個人的な考えですが、会計士は「事業会社への憧れ」だけで転職する場合、高い確率で失敗するんじゃないかなと思っています。監査法人より大変なことが多いですし、成果もすぐに出にくいために、憧れだけでは続かず退職してしまいます。
ただ、菅沼さんは事業会社で具体的に何がやりたいのか、IPOできるだけのビジネスモデルがある会社なのか、まで考えていらっしゃって、それがあるべき姿だと思いました。
クックパッドでの上場経験 -会計士は事業への知見が大切
クックパッドではどんな業務を担当されていたのですか?
クックパッドでは、お声掛けを頂いた会計士の方と一緒に、管理部の立ち上げをゼロから行いました。
ただ立ち上げといっても、最初は10人程度の会社のため、どうしても雑務が多かったですね。花の水やり当番、トイレ掃除当番、ごみ捨てシールの手配などしていましたね。でも、雑務をしていたおかげなどで、「会計士」であるプライドを捨てて事業プレイヤーとして仕事ができました。
最初は雑務も率先して業務をしていくのが「ベンチャー」って感じですよね。管理部の立ち上げ時で大変だったことはありますか?
そうですね、最先端のビジネスを行っていた会社だったので、他社では起きない新しいことが起きて大変でした。例えば、会計処理ひとつとっても判断に悩むことがたくさんあるんですね。サイトの運営に使っているサーバの減価償却費を販管費に計上するのか、原価に計上するのかとか、今ではどう処理すべきか決まっているようなことでも当時はまだ一般的ではなかったんです。
そこで会計処理の方針を決めなければならないのですが、そうすると、事業のことをよく知らないとできなかったので、事業のことや自社のことはもちろん、競合先、他社事例をすごい調べていましたね。
事業で新しいことをしようとすると、新しい会計処理の論点が出てきますよね。私もIPOの監査しているときに大変でした。。。管理部の立ち上げ後のご経験を伺ってもいいですか?
管理部の立ち上げの後は、事業が軌道に乗り始めましたし、上場のための資料作り、内部統制整備をしました。この頃の業務は、監査法人時代はもちろん、出向していた証券取引所での経験がとても役に立ちました。
その後は、無事上場ができたので市場変更ですね。数年の間で、事業がどんどん成長するので、私もやることがどんどん変わっていくんですよね。監査法人時代の1年間と比べて、多くの経験ができましたし、数倍のスピードで成長できたと思います。
ベンチャー企業のスピード感はとても早いですよね!ただ、多くの経験ができるということは、業務量が多いとも言えますし、とても大変だったかと思います。その中で、やりがいや、楽しかったことは何でしょうか?
そうですね、監査法人時代と比べて毎日やることが違うことが楽しかったですね。監査法人の場合、安定した企業の監査を担当していると、前期調書とやることが同じということもありますよね。
でも、クックパッドでは事業が進むにつれて、雑務から、月次決算、上場準備、市場変更といった高度な業務ができました。
できる業務が多くなるのは、やりがいを感じますよね。
ちなみに事業進捗によって、事業会社にいる会計士に求められるものは異なると思いますが、菅沼さんが考える事業会社に勤務する会計士に必要なものとは何でしょうか。
私も最初は弥生会計とか使えなかったので経理業務ができるか不安でしたが、経理業務を覚えるより入る会社の事業を知っておいた方がいいと思っています。
会計士の場合は、もともとの会計のセンスがありますし、会計ソフトの操作や財務書類の作り方などすぐに覚えてしまうと思うんですよね。でも、事業のことをよく知っていれば、内部統制の仕組みも構築しやすいですし、財務諸表のより良い表示区分とかも分かるんですよ。
へえ!面白いですね!業界の情報というのは、どのように情報収集されるのですか?
私は当時は、業界地図という書籍、それから、日経新聞やgoogleニュースを使っていました。ただ日経新聞やgoogleニュースは、IT業界のニュースが少なく、日本や世界のマクロ的な情報収集だと思っています。ミクロ的な情報は、業界人に聞くとか、最近だと良い記事をシェアしてくれる業界人のFacebookを参考にしています。
Facebookやtwitterフォローは、すぐできるので事業会社にいる会計士なら絶対すべきですよね。
あとは、監査法人での仕事にも必要ですが、事業会社ではそれ以上にコミュニケーション力が必要だと思います。会社が一定の人数を超えると、本当にいろんな方が入社されますからね。
ちなみに、菅沼さん式ミュニケーション術などありますか?
そうですね。たとえば、いつも提出物を出してくれない人に対するコミュニケーション術として、すれ違ったときにさりげなく「お疲れ!あ、あの書類大丈夫?」「お疲れさま!なんか困っていることない?」とさりげなく声をかけるなどをしていました。
事業会社では、監査業務とは違って、監査人の権限が使えないので、資料を提出する気がない人にも提出させる行動を起こさせないといけないので大変です。タイミングを見計らって、「私はあなたを気にしているアピール」をしていました。
なるほど。おっしゃるとおり、監査法人と違って、全員が会計士ではないのでコミュニケーションにはとても気をつけますよね。しっかりコミュニケーションがとれることは、事業会社の会計士には必須のスキルですね。
司法試験・法律事務所立ち上げへの挑戦。リスクをとれば財産になる。
菅沼さんはクックパッドで働きながら、司法試験の勉強をされ、2回目の試験で合格されたのですよね。そもそも弁護士を目指したきっかけは何だったのでしょうか。
もともと監査法人時代から会計士が法律は知っておいても損はないと思っていましたし、会計士の周辺知識を知りたいという好奇心で始めました。
好奇心で始めて本当に合格するのはすごいですよね。ちなみに勉強のコツはありますか?
リズムを作ることですかね。私の場合、司法試験は会社に勤めながらの試験勉強だったので、いかに効率よく勉強するかを重視していたのですが、例えば、平日朝は頭を起こすために会計士試験でいうところ計算問題のような頭が動きやすくなるような短答式の問題を解いて、日中は仕事をしっかりやって、業務後に集中して論文式に出そうな理論を勉強する、土日はしっかり勉強するというスタイルでした。
私も同じ方法で勉強していました!朝は計算問題を解いて頭を動かして、お昼は記述問題を解いて、夜は暗記、というサイクルです。同じ勉強法と聞くと、私も勉強したら司法試験受かってしまうのではないかと思ってしまいます(笑)
あとは、勉強のコツに加えて、私の場合は毎日が「仕事するか」「勉強するか」のふたつだけで、目標を実現するために、仕事以外の時間は徹底的に勉強していました。よく妻も許してくれたと思います(笑)
さらっとおっしゃっていますが、仕事と勉強とかなり濃い生活をされていますね。菅沼さんは「天才」の印象が強いですが、ダブルライセンスは努力や苦労の証だったのですね。
司法試験合格後にクックパッドを退職されていますが、どのようなお気持ちだったのですか?
そうですね。制度上、司法試験に合格すると1年間の司法修習があってクックパッドの仕事を続けられなかったため、「仕方なく退職」というところもありました。合格発表前でしたが、司法試験に合格している自信もありましたし、次の目標に進もうと思いました。
あとは、ある程度会社が成長したら、私がいなくても会社は回っていくようになったのですよね。管理部の立ち上げを経験した私からすれば、また会社の作り込みをしたいとか、次の目標に進みたいと思いました。
上場後は属人性が薄くなる傾向がありますよね。上場後はやりきった感がありますし、自分でなくともできる環境に気づいて社員のモチベーションが減少するといいますが、同じような感覚が菅沼さんにもあったのですね。
そして、クックパッドの退職後は何をされたのでしょうか?
退職後は、法律事務所に入所して弁護士業務をしました。弁護士になった後にすごく面白いことが起きましたよ。
えっ?何でしょうか?
会計士と弁護士を取得しているからか、数社から役員のお声がけをいただいたんです。まだ29歳の私にこんな有難いお声がけをしてもらえたのは、やはり弁護士という資格に挑戦したからだと思いました。頑張った分だけちゃんと世の中から認めてもらっているんだ、と。
その後は、弁護士と兼務でランサーズ株式会社でCFOを経験したりしてから、2015年には弁護士事務所を立ち上げて独立しました。
独立されてからは主に何をされてますか?
公認会計士業務ではなく弁護士業務を行っているのですが、法務顧問として法務相談、契約書の作成支援やレビュー、ベンチャー企業の資金調達や法務面からのビジネス支援、企業買収(M&A)や事業承継など、企業法務を中心とした業務を手がけています。
とても幅広いですね!弁護士業務の中で、会計士のバックグラウンドがあるからこその強みはありますか。
そうですね。やはりBS(貸借対照表)やPL(損益計算書)、IR資料が読めるのは大きな強みですね。例えば、資金調達のアドバイスを行う場合、投資契約書を作成するだけではなく、これまでの事業実績からどの規模のファイナンスができそうであるとか、他社のPERからどれくらいのバリュエーションが妥当そうなのか、等のアドバイスをすることができます。
投資契約書等を作成する場合にも、「希薄化防止のための条項をつけてほしい」「種類株の残余財産の優先順位をつけてほしい」などの要望があるのですが、その要望を理解し対応できることも強みですかね。
あと、ストックオプションに関する法務アドバイスの際にも、税制適確的にどうかといった税法を踏まえたアドバイスもできていますね。
数値と法律の2つの側面から資金調達を支援して貰えるというのはスタートアップ企業からはとても頼りにされそうですね。
資金調達以外にも会計士としてのバックグラウンドが役立っていることはありますか?
そうですね。たくさんあるのですが、例えば会社分割では、法務相談だけでなく、分割後にBS、PLを提供してもらえれば、分割の公告も行うこともできます。
また、監査法人での監査経験も役に立っていますよ。
そうなんですか!?
はい。例えば、破産申立案件で社内資料が整理されていない会社で債務者リストを作成しなければならない場合、何も考えなくても「請求書送付リスト出してください。」と言葉が出てくるんですね。これは、自然と「会社にはこういった資料があるはずだ」という思考になっているからなのですが、これは監査を通じて会社の内部や仕組みをわかっているからこそなんですよね。
なるほど。監査法人時代の経験も役に立っているのですね。
正直、監査法人時代だけでなく出向先の証券取引所や、クックパッドでの経験も役立っていますけどね。
そうなんですね。でもいろんな経験がある会計士・弁護士だからこそクライアントも安心しますよね。菅沼さんは、独立をされるとき会計士事務所ではなく、弁護士事務所にした理由はあるのでしょうか。
そうですね。もともとリスクをとって挑戦したい性格なので、弁護士業務の方が向いていると思ったからですかね。
会計士は顧問収入などで安定的に収益がありますが、弁護士はスポット業務が多いので収益が変動的になります。ただ変動的でスポット収入な分、成功報酬で努力した分だけ報酬が発生するという側面もあります。そう考えたら、リスクをとってでも、リターンが多いほうを選択したいと思いました。
リスク愛好家ですね!一般的には、安定収入を好む方が多いと思いますが、菅沼さんのリスクをとりたいと思う源泉はどのようなものでしょうか。
やはり、学生の頃に金融ビックバンや、山一証券の倒産などの社会情勢を見てきていると、ひとつの会社にいることが安定と思えないんですよね。
いろいろな社会の変動に対して対応できる能力が必要で、私の中で「安定」を得たいなら、ずっと自分が成長し続けることが大事だと思っています。独立をしたのも成長したいからという理由です。あと、リスクをとって挑戦してきたことは、財産になっているのですよね。会計士も弁護士もそうです。
成長したいという目線の高さが、菅沼さんを生み出しているのですね。菅沼さんにとってのこれからの挑戦は何でしょうか。
そうですね。弁護士事務所として一通りの案件をこなすためには10名程のメンバーが必要だと思っているので、まずは10名規模の弁護士事務所にすること、またメンバーが働きやすい環境にすることですかね。士業はリスクを負える分、転職する人も多いので、当事務所のメンバーが働きやすい環境にすることはマストだと思っています。
これから成長し続ける菅沼さんが見えますね。私は失敗が怖くて前に進めないでいますが、挑戦ができるようがんばります。
正直、私にも失敗はたくさんあります。ただ挑戦したからこその失敗だと思っていますし、これからもいろいろな失敗やリスクがあるかもしれませんが、挑戦し続け、成長し続けたいと思っています。渡邉さんもがんばって下さい!
ありがとうございます。安定志向が多いといわれる会計士ですが、菅沼さんのようなリスクを負って挑戦する会計士が増えると、会計業界や証券市場以外でも会計士としてのバリューが発揮できるのではないかと思いました。
本日は本当にありがとうございました!