大手監査法人を2年半で辞めてスタートアップでの挑戦を始めた女子大生公認会計士の話(公認会計士のリアル 第10回:渡邉 孝江)

  • 2016/11/17

様々な公認会計士にスポットライトを当てるシリーズ企画 公認会計士のリアル。

日本経済が成熟し、公認会計士にも多様性が求められる時代において、公認会計士たちはどのようなキャリアを歩んでいるのだろうか…ビジネスの第一線で活躍する若手公認会計士が彼らのキャリアや日々の想いをリアルな言葉で語ります。

第10回は、2012年に18歳で公認会計士試験に合格し、現在はスタートアップ企業のクラシテク株式会社で多忙な日々を送る渡邉孝江さんの執筆です。

著者プロフィール

公認会計士・渡邉孝江

渡邉 孝江(わたなべ たかえ)

公認会計士

2012年、18歳で同年度最年少として公認会計士試験合格。2013年、非常勤で監査法人トーマツ名古屋事務所に入所。財務諸表監査、IPO支援などの業務に従事。また、トーマツ在籍時には、社外活動として、世界的スタートアップイベントであるSTARTUP WEEKEND NAGOYAのリードオーガナイザーを経験、NPOバンクmomoにも参画するなど多岐に渡る活動にチャレンジ。2016年、公認会計士試験修了考査合格、公認会計士登録。2016年8月より東京に移住し、クラシテク株式会社、経営企画部にてメディア運用、バックオフィス業務に従事。1994年3月生まれ、岐阜県出身。

大手監査法人を2年半で辞めてスタートアップでの挑戦を始めた女子大生公認会計士の話

18歳、「女子大生会計士」の誕生

公認会計士ナビをご覧の皆さん、はじめまして。渡邉孝江と申します。現在22歳の女子大生、公認会計士です。

「18歳で公認会計士試験に合格」

公認会計士としての自分について語るとき、この出来事は避けて通ることはできません。2012年11月、当時、大学1年生だった私は公認会計士試験に合格しました。18歳での合格は、2012年度の合格者としては最年少でした。

この事実だけ話すと、さらりと合格したという風に受け取られることもありますが、当然そんなことはありません。高校生が会計士試験に合格するのは決して簡単ではありませんでしたので、文字通り、死ぬ気で勉強をしていました。

合格した当時、大学生にもかかわらず自分用の携帯を持ち歩いていませんでしたし、間食をした記憶すらありません。多い時は1日15時間、ひたすらに勉強し続けました。

「なぜ、合格できると思っていたの?」と良く聞かれますが、当時の自信に根拠はありませんでした。ただ、恩師である森先生が「絶対になれる」と信じてくれていたこと、そして、当時一緒に勉強を始めた同級生が、ひと足先の2010年に、史上最年少の16歳で公認会計士試験に合格したこともあり、それも大きな支えになりました。
勝気に聞こえるかもしれませんが「彼にできるなら、私にだって絶対できる」と信じていました(笑)。

公認会計士を志す、中学3年の夏

公認会計士を目指したのは中学校3年の時です。父親が薬剤師であった私にとって、国家資格を持って働くことは身近なことでしたが、公認会計士になろうと決めていた訳ではありませんでした。

具体的なきっかけは、進路相談の時に、担任の先生から公認会計士になることを薦められたことです。

読書家で博識だった担任の先生から、のちに私の師となる森 均(もり ひとし)先生という、高校教師時代に11年連続で税理士試験の最年少合格者を輩出した方の存在を教えてもらい、数週間後には、まだ中学生にも関わらず森先生のいる中部学院大学のオープンキャンパスに参加しました。

思い立ったら即行動する私の特徴は、この頃からもう既に始まっていたようです(笑)。

結局、オープンキャンパスでは森先生には会えなかったのですが、大学の方に繋いでいただき、後日お会いすることができました。
森先生からは「本気で公認会計士になりたいのなら、必ずなれる」と言われ、さらには「すぐに簿記を始めなさい」と言われました。それで、疑うこともなく、中学3年の9月から簿記の勉強を始めました。

中学3年生の秋なので、一般的には高校に進学するための勉強をしている頃だと思いますし、普通に勉強すればそれなりの進学校に行けたのかもしれませんが、当時の私は「自分の学力に合わせてできるだけ偏差値が高い高校に行くなんてつまらない。それって誰が決めたルールなんだろう」と思っていました。
この時点で、絶対に公認会計士になると決めていたので、普通の高校に行くなんていう回り道はしたくなかったのです。

なので「高校に進学する」という普通の学歴を捨てて、通信制の高校で勉強しながら、中部学院大学の聴講生として、大学生に並んで会計士試験の勉強に励む日々が始まりました。
私が所属していた通信制の高校も中部学院大学も、森均先生が教鞭をとっていらっしゃることもあり、会計士や税理士を目指す人にとっては有名な場所でした。県外から転居してまで学びに来る人もいるほどで、私にとっては、地元岐阜にそういう場所があったことはとても幸運だったと思います。

ちなみに、大学1年の時に公認会計士試験に合格したものの、本当は高校生の間に合格することを目指していました。短答式試験は高校3年の夏に合格したにもかかわらず、その冬の論文式試験結果は不合格。その時点で、高校生で公認会計士に合格するという目標は、敗れてしまったのです。

公認会計士を志したタイミングが早い分(いつまでも勉強すれば良いというものではないという意味を込めて)、森均先生から「デッドラインは大学1年だ」と言われていたので、当時「私に残された時間はあと1年。死んでもやるしかない」と思っていました。

会計士としての初キャリア、それはお菓子屋さんでのアルバイト!?

大学1年、18歳での公認会計士試験合格後、実はすぐには監査法人で働くことができませんでした。

いくつかの監査法人で法人説明会は受けたものの「まだ大学1年で若すぎる、そういった若い人材の採用実績がないので採用は難しい」と言われてしまったのです(今振り返ると、当時は監査法人業界の景気が良くなかったということもあったのだと思います。)

そのため、会計士試験終了から合格発表までお菓子屋さんやフットサル場でアルバイトをしていた私は、そのままアルバイトを続け、会計士としてのキャリアを、ごく普通のアルバイトからスタートすることになりました(笑)。(アルバイトとは言え、社会人初体験の私には、接客の仕方や商品の並べ方など、色々と勉強になることがあり、とても新鮮な体験でした。)

その後、やっぱり会計関係の仕事をしてみたいと思い、税理士法人での記帳代行のアルバイトを経験した後、大学2年の冬に監査法人への就職活動を行い、監査法人で働くこととなりました。当時はまだ学生でしたので、フルタイム勤務ではなく、週3日監査をして週2日大学へ行く、そんな時間を過ごしていました。

19歳の「先生」、監査での苦労と迷い

初めての監査では色々と苦労もありました。

会計士試験は「試験」ですので、若くして合格することができます。そして、会計士となれば監査先では「先生」と呼ばれます。若い年齢での会計士試験への合格は周囲の注目を集めましたが、監査の現場では若いということがデメリットになりました。

私自身、明らかに若く見える分(実際に若いのですが)、クライアント先で「若造が!」といったぞんざいな扱いも受けたこともありましたし、専門家ではなく“女の子”としての扱われていると感じたことも一度や二度ではありません。それなりに厳しい世間の洗礼を受けながら、悔しい思いは、仕事で返そうと努力してきたつもりです。

ただ、監査経験を通じて、私が最終的に行き着いた結論は「監査業務は、必ずしも人間がしなくても良いのではないか…」ということ。言葉を選ばずに言うと、そう思ってしまいました。
若手はルールに照らし合わせて、内容が合っているのかどうかを確認し、論理的な調書を作り上げていく仕事。最初的な意思決定や判断を加えることができるのは上位役職者だけだからです。

「将来、会計士の仕事はAI(人工知能)に取って代わられる」
ある日、雑誌でその話題が取り上げられたこときっかけで、大学の卒業論文は人口知能について研究しました。監査と人口知能の両方を学んだ私が出した結論は、その通りと言うより、むしろ現場での作業はAIに任せた方が良いのではないかと思いました。(最近人材不足の監査業界は人口知能の活用が必要不可欠にはなってきていますが…)

一方で、監査では重要な経営資料を見る機会や、有名経営者の方々とお仕事をする機会もありました。
たかだか20歳そこそこの、私のような若手にもそういった機会があるというのはとても素晴らしいことですし、監査の仕事の中でも楽しい時間でした。

でもその反面、それは私という人間の能力が高いからではなく、監査法人で働いているから見ることができる、会計士なら誰でもできると思うと、これは自分の力ではないな…と更に無力感が募りました。

女子大生会計士、スタートアップと出会う

STARTUP WEEKEND(スタートアップウイークエンド)という起業イベントや、NPOバンクmomoの運営を手伝い始めたり、ビジネスコンテストへ参加し始めたりしたのも、その頃でした。

STARTUP WEEKENDというイベントは世界中で開催されている起業家向けイベントなのですが、名古屋開催でのリードオーガナイザー(イベントのまとめ役)も経験させて貰いました。

監査法人での閉塞感を解消したいという思いからの行動でしたが、志を持って「ビジネスで世の中と繋がろう」「世界を変えよう」としている人たちとの、素晴らしい出会いがありました。そういったアツい人たちに囲まれる中で自然と「事業も作れる会計士になりたい」と思うようになりました。

とはいえ、事業会社への興味が高まる一方で、監査法人を辞めることはもったいないとも思っていました。

それは、「プロジェクトマネジメントくらいできるようにならないと」という気持ちがあったからです。せっかく監査をしているのだから監査のマネジメント(現場主任/インチャージ)を経験したほうが良いのではないか、との葛藤がありました。

けれど、監査法人以外の人たちと接する中で、事業会社でのプロジェクトマネジメントは、社内外のたくさんの人を調整しなければならず、もっと複雑で、高い能力が必要だということを感じ始めました。

「監査でのマネジメントではなく、事業会社に飛び込んでもっと複雑なプロマネをできるようになりたい」。そう思った瞬間、監査法人に残るという選択肢は自分の中にはありませんでした。

思い立ったら即行動してきた私ですが、上司からの引き留めもありましたし、育ててもらった恩義を果たさないといけないとの思いもあり、最後の繁忙期を勤め上げ、2016年7月末、次の道を決めることなく、2年8ヶ月勤めた監査法人を退職しました。

監査法人の次の道、迷いの先に見つけた「スタートアップ」「東京」という選択

その頃の私は、具体的にどの会社とイメージしていた訳ではないですが、自分が次に進む道は「東京」そして「スタートアップ」だと、自然と思っていました。

次の進路を考え始めた当時から、興味のある人にはFacebookでメッセージを送り、月に何回も東京に会いに行く生活を送っていた中で「チャンスが多いのは東京」「スタートアップで事業づくりを経験したい」という気持ちが固まりました。

色々な人に出会い、たくさんのスタートアップを訪問した中で「自分の人生をここに賭けたい!」と思えた会社が、今、働かせてもらっているクラシテク株式会社でした。

クラシテクは、健康をテーマに事業を行っている会社です。設立は2015年と、できたばかりの会社でもあり、「頑張らないヘルスケア」をビジョンに掲げています。

両親が医療関係の仕事をしていた私には、ビジョンがすぐにピンときました。

クラシテクとの初めての出会いは、緊張しすぎて興奮しすぎて、ちゃんと覚えていません。事業への共感があったことと、自分なりに、ここは伸びる会社だ!と思ったのです。そして何より代表の一岡さんの「絶対にみんなを幸せにする」という熱い気持ちに、絶対に応えたいとシンプルに思えました。

よく考えたら、東京に出てくることも初めてで、まだ大学を卒業していない身でしたが、ここでやっていこうという気持ちに素直に従おうと思いました。

ちなみに、親は「ベンチャーってちゃんとお給料もらえるの?」と心配していました(笑)。

私は4人兄弟の末っ子で、ある意味わがままで、好き勝手にさせてもらってきました。「公認会計士を目指す!高校には行かない!」と突然言い出したあの頃から、私が決めたことには、心配はするけれど反対はせず、いつも応援してくれているのが家族だなと思います。とてもありがたい存在です。

人生の転機、そこにはいつも人との出会いがあった

思い返せば、公認会計士という職業が自分の目指す道になった中学3年のあの瞬間から、スタートアップで働くことを決めた現在まで、自分の人生の転機にはいつも、大切な人との出会いがありました。

公認会計士というキーワードを私に示してくれた、高校の担任の先生。

18歳での会計士試験合格へ、私を導いてくれた、森均先生。

現職、クラシテク株式会社に出会わせてくれた、スローガン株式会社の社長伊藤豊さん。

「今すぐスタートアップへ来よう。君が戦えるフィールドはスタートアップだよ」と背中を押してたくさんの出会いをくれた、スカイランドベンチャーズの木下慶彦さん。

そしてもちろん「自分の人生をここに賭けたい!」と思わせてくれた、現職クラシテク株式会社の社長の一岡さん。

ここでは書ききれませんがお世話になった方がたくさんいます。たくさんの人との出会いが、今の自分につながっているということもまた、実に私らしいのだと思います。

ロールモデルはいない、これまでとこれからの私

私は“すごかった”、過去形の人間にだけはなりたくないと思っています。

若くして会計士試験の合格をやり遂げたという達成感はありますが、その日から「そこが人生のピークで終わってはいけない」とも強く感じています。なので、未来を夢見て、現在を思いきり生きて、自分を更新し続けたい。

思えば、18歳で公認会計士試験に合格した自分は、肩書きだけで中身は伴ってはいませんでした。一方で必要な努力をしさえすれば、圧倒的な結果が得られるということを、身を持って知っています。だからこそ、これからの私は、クラシテクを支えるメンバーとして、スタートアップが上場していくまでの全てを、最前線でやり遂げようと思っています。

偉そうに聞こえるかもしれませんが、私は誰かの後は歩かない。だから、私にはロールモデルはいません。

「とりあえず大学に行ってから考えてみたら?」「監査法人に残って経験を積んだ方が良いよ」「地元で仕事した方が良くない?」「就職するなら大手企業だよね」

全ては、大多数の信じる、成功の、幸せのセオリーです。大多数の信じる幸せが私の幸せとは限りません。成功するかどうかなんて分からないけれど、私は私の信じる道を進んでいくだけです。

今は自分のことだけに精一杯で、少し肩肘を張っているかもしれませんが、私が悩み迷って歩みを進めた後にできた道が、いつか後輩たち(これからの世代を生きて行く女の子たちや、若い会計士の人たち)を照らす日が来れば、それはとても幸せなことだなとも思っています。

私の座右の銘は「駑馬十駕」(どばじゅうが)という言葉です。

その意味は“才能が乏しいものでも努力次第で才能は開花する”。

才能のない私は努力をすることしかできない、努力を惜しまず前向きに生きていこう。

東京に来て4ヶ月。今日も私は、素晴らしい仲間たちと、最高にハードに最高に熱狂して、働いています。

(終)

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