リーマンショックに翻弄された若手会計士の話(公認会計士のリアル 第6回:渡辺匡章/エスネットワークス)



公認会計士のリアル_6_渡辺匡章氏_サムネイル様々な公認会計士にスポットライトを当てるシリーズ企画 公認会計士のリアル

日本経済が成熟し、公認会計士にも多様性が求められる時代において、公認会計士たちはどのようなキャリアを歩んでいるのだろうか…ビジネスの第一線で活躍する若手公認会計士が彼らのキャリアや日々の想いをリアルな言葉で語ります。

第6回は、第5回に続き株式会社エスネットワークスでIPOサポート室長を務める公認会計士・渡辺匡章氏による執筆です。

著者

渡辺 匡章(わたなべ まさあき)
株式会社エスネットワークス
IPOサポート室 室長 公認会計士

東京都文京区出身 慶應義塾大学商学部卒業。
2006年に公認会計士試験合格後、株式会社エスネットワークスに入社。2007年にJASDAQ上場会社の東証二部への鞍替え支援、鞍替え成功後の連結決算・開示支援、制度施行を控えたJ-SOXへの体制構築を行う。2010年より関西支社の立ち上げや、関西・東海地方の上場準備企業複数社の管理体制構築及び事業戦略作成支援に従事。上場準備会社に上場準備プロジェクトチームの責任者として常駐し証券会社・監査法人の対応及びプロジェクトを統括するなどIPOを中心とした案件に従事。2012年よりエスネットワークス名古屋支店も立ち上げメンバーとして兼務。2014年よりIPOサポート室を立ち上げ、日本全国の上場準備企業の発掘や実務支援を行っている。

IPO達成のその後 -クライアントに常駐しての決算・開示支援

前回の記事では、私が1年目の頃に携わったIPO支援プロジェクトについて執筆させて頂きましたが、今回は前回の成功とは真逆の「クライアントの経営危機」という厳しい体験をした話について書かせて頂こうと思います。

前回の執筆の舞台となった私にとっての初めてのクライアントがIPOをしたその前後、当社の手掛けていた案件には他にもたくさんのIPO案件がありました。数年後のIPOを目指して会計面、財務面、内部統制の構築支援を行い、今では当たり前のJ-SOXが導入されたのもこの頃でした。

IPOを極めることを目指してそういった仕事に関わりながら、私はあるクライアントに常駐をして連結決算・開示支援を行っていました。会社の内側から、決算書類や開示資料を作る仕事です。チェックする側である監査法人とは反対側の仕事でしたが、会計基準や開示規則などもかなり細かく読み込み、私のキャリアの中で当時が一番会計士っぽい仕事だったかもしれません。とはいっても、思考回路はいかに簡便的な処理を行うことができるかばかり考えていましたが(笑)

そのクライアントでは、私が決算短信や有価証券報告書の作成のための連結数値を取りまとめ、それらの書類を実際に作っていました。自分が決算短信を作成し、それをリリースした後に東証適時開示のHPを見ると、即座にその短信がアップされています。その足で取引所の記者クラブに投げ込みに行ったりもしました。翌日の日経新聞には9面とか10面の企業面の左上のところに数字が載ります。決算の数字が良かったり、運が良かったりするとコメント付きで本文で記事になることもあります。

当時、社会人2年目の私にとっては、自分の作ったものが世に出るのは何とも嬉しいものでした。

リーマンショックの衝撃 -大波に飲み込まれたクライアント

そんなやりがいのある日々を送り、クライアントも増収増益で売上、利益ともに過去最高の決算を開示した頃、サブプライム問題、そして、リーマンショックが日本を襲ったのです。

銀行融資は一気に引き締まり、世の中全体的に、新規の借入がほぼ難しい状況になりました。その結果、私が担当していたクライアントも資金繰りが窮するばかりでなく、取引先も資金が詰まってしまい、取引に合意しても資金が決済できずに流れてしまうなど大打撃を受けました。

結果、当然のことながら、みるみるうちに業績は下がっていき、同時に財務面でもとても痛んでいきました。

業績の下方修正を出し、中間決算の際も大きな減損や繰延税金資産の取り崩しなどの論点が噴出しました。業績の下方修正のお知らせや特別損失の計上のお知らせがリリースされるのですが、その作成も私が担当していました。あんなに楽しかった開示書類の作成が、一転してつらく悲しい作業になってしまいました。

リーマンショックのインパクトは半端なものではなかったため、クライアントへの影響も業績の悪化程度ではもちろん済みませんでした。業績の悪化にともなってクライアントは希望退職や給与カットを実施し、お世話になった方もどんどんと会社を去っていきました。希望退職を実施している以上、一番の目的が人員削減なので、この人は辞めてほしくないと思っても、クライアント自身も引き留められません。会社を生き延びさせることが目的であって、銀行にも削減する人員をコミットしています。休憩時間に転職サイトを見ている人や、就業後にエージェントに会いに行っている人たちもいました。

そのようなクライアントの状況を目の当たりにし、私自身もコンサルタントとして何とかしたいという想いでいっぱいでしたが、当時の私はまだ入社して2年目くらいでしたので、その会社を救うには圧倒的に経験が足りませんでした。会社の経営課題の把握やそれに対する提案などができないまま、目の前でクライアントはリーマンショックという突然の大波に飲み込まれていったのです。

そんな中、当時の私が、自分が唯一クライアントに貢献できると考えたのは決算・開示であり、無事に監査を乗り切ってどうにか決算発表まで辿り着きさえすればまた会社は息を吹き返すと思っていました。また、ある意味、経理担当の腕次第で数字は作れるとも思っていました。

もちろん、粉飾をすることはもってのほかですが、会計には減損や引当など、いろいろな見積もりが入る余地がありますので、それらに合理的な根拠をもって会計処理の正当性を主張できればそれが正しい会計処理になります。

例えば、そのクライアントでは、繰延税金資産は会社の区分が1段階変わるだけで会計的には数億円のインパクトが出る状況でしたので、(当然、合理的なという前提ですが)ロジックを積み上げていき、監査法人を納得させることができれば、クライアントは不要な損失を出さずに済み、決算次第で銀行にも説明しやすい決算書になる可能性もありました。

ですから、それを通じて会社を守ろうと、利益を作り出すことはできないけれども守ることはできるかもしれないと、とにかく自分のやれることに必死に取り組んでいました。

本決算の際には、クライアントの業績もさらに悪化し、資金繰りも本当に厳しい状況でしたので、監査も非常に難航しました。当初予定していた決算スケジュールでは監査が終わる気配はまったくなく、決算短信のドラフトはどんどんと書き換わり、そのたびに赤字幅は拡大していきました。まさに防戦一方。経理・財務のメンバーは最後の砦として一歩も引けない状況で連日連夜、決算作業に臨んでいました。ただ、CFOを初めとしてメンバーは誰一人諦めていませんでしたので、決算発表さえできれば会社が生き延びる自信はあったのです。

そして、審判の日。クライアントの運命は…

そして、その日は来ました。

もう、当日のことはあまり覚えていません。それくらい、インパクトが強かったです。

覚えているのは、午前中に監査法人のパートナーがCFOに会いに来たことと、午後に全社員が集められて会社の破産が告げられたことだけです。

そうです。残念ながらこの話はハッピーエンドにはならなかったのです。

私が常駐していたクライアントは残念ながら破産してしまいました。

その日、午前中に、監査人を務めていた監査法人のパートナーが来ました。私は同席していませんが、本来ならば監査報告書をもって監査報告に来るはずですがそうではありませんでした。

監査法人のパートナーの口からでたのは、

「残念ながら、意見が出せません」

というひと言。監査用語でいう『意見不表明』です。

将来の業績や資金繰りについて見込みが立たないことから、ゴーイング・コンサーン、いわゆる継続企業の前提に基づいて作成された財務諸表に対して適正意見を出せないとのことでした。そして、それに対してクライアントのCFOからは逆に、「本日、破産することになりました」と監査法人に伝えられました。

午後の全社集会では、全社員がフロアに一同に集められ、そこに弁護士の方と社長が二人で前に出ました。社長からは会社が破産した旨、それから、弁護士からは今後のことと給料は払われる旨などが話されました。

その日に関しては、その時の情景だけが、今も心に残っています。

次の日は確か、オフィスは立ち入り禁止になっていたのではないかと思います。その翌日くらいに、ひっそりとしたオフィスから自分の荷物を持ってエスネットワークスの本社に帰りました。本当は、自分のミッションを終えて、クライアントの皆さんに喜んでもらって、花束なんかももらって・・・そんなハッピーエンドになることを夢見ていましたが、なかなかそうは行かない、仕事って厳しいものだなと2年目の若手ながらに思いました。もっとも、クライアントの方の一部はその後の会社の清算業務などのために残られていましたので、その方たちはもっと辛かったのだろうなと思います。

また、監査法人の方々も相当大変そうでした。監査は、会社の業績が好調の時は許容範囲が広いのですが、業績が厳しいと監査手続きもその分厳格になります。連日連夜で決算作業に臨んでいたのは会社側だけではありませんでした。

これがドラマや小説であれば、若手会計士が機転を利かせ、新人らしい型破りな発想とアツい想いでクライアントの危機を救うのでしょう。けれども、現実は、まだ2年目で、何のスキルも持っていなかった私が、目の前で会社が死ぬところを目の当たりにしながら、締まらない決算を締めていただけでした。数字をまとめるだけでは会社は救えなかったのです。会社を生き延びさせて、復活させるために数字が使えないと、何の意味もなかったのでした。

今の自分なら何かできたのか…

それから数年後の現在、当社はターンアラウンド(事業再生)の仕事も多く手掛けています。会社がなくなってしまう前に、生き延びるにはどうしたらよいのかを経営者と膝を突き合わせて、私の仲間たちは日々頑張っています。また、長く頑張ってきた会社が、これからも何十年と永続していけるために、事業承継の支援も行っています。どちらも、金融支援や相続問題といったテクニカルなものだけでなく、クライアントとまさに経営というものにともに向き合って、これからの会社の生きる道、事業ドメイン、組織の在り方などを一つ一つ泥臭く考えて、実行しています。

時々、今の自分があの当時にクライアントと向き合っていたら状況は違ったのかな…と考えることがあります。

当時は実力がなかったのはもちろん、経理業務の支援という形でクライアントと契約していましたので、経営陣と膝を詰めてリバイバルプランを練る立場でもなかったというのもあります。逆に、今であれば、基本的に経営陣と話すポジションで仕事ができるようになりましたので、目の前で指をくわえてみているという状況はありえないと思います。また、例え契約が経理の実務支援であったとしても、それをやったうえでそうなる前に予め手を打つような提案などもできたのではないかと思います。

一方で、当時のクライアントの財務経理チームはCFOを始め、最高のチームだったとも思いますし、今振り返ってもリーマンショックというのは想像を絶するインパクトで、自社の問題のみならず、取引先の決済が滞ってしまうなど外部要因が多分にありましたので、仮に今の自分がその場にいたとしても会社を救えたかというと難しかったかもしれません。きっと、何かは変わっていただろうというくらいですね。

今回の舞台となった会社の方々とは今でも時々集まって飲みにいったりもしていますが、それでも母校が廃校になってしまったような、帰る場所のないさみしさみたいなものはあります。だからこそ、会社は潰れてはならないし、より成長していくことがみんなを幸せにすることだと思っています。その中で、みんなステップアップして巣立っていくみたいな場が会社という存在だったらいいなと思います。

結局、自分は公認会計士ですが、数字をまとめる仕事ではなくて、未来を創っていく仕事、それってつまり「経営」なんでしょうけれども、そこに触れたくてずっと仕事をしてきました。より深くクライアントの経営に入り込むにはどうしたらよいか、より付加価値を出すためにはどんな提案をすべきなのか、提案した内容をどれだけやり切るのか、そんなことを考えてやってきました。「コンサル辞めて自分でやりに行けばいいじゃん」というのはよく言われるのですが、コンサルタントだからこそやれることもあるので、コンサルタントとしてクライアントと一緒に走り続けようと思っています。

まだまだ、まだまだ旅は続いていく感じです。

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