インボイス制度、改正電子帳簿保存法と、大型の法令改正が続く。
前者は、2023年10月より適格請求書等保存方式の開始、後者は、宥恕措置により実施が延期されたものの、2024年1月から電子保存の義務化が開始となる。
まだ時間のあるように見えるふたつの法令への対応だが、テスト運用など事前準備の期間を考慮すると会計事務所にとっては時間がない。会計事務所はこれらの改正をどう捉え、どう向き合っていけば良いのか?弥生株式会社 代表取締役 社長執行役員 岡本浩一郎氏に話を聞いた。
本記事の目次
- 事業者の業務効率化につながる法令改正を。行政への働きかけも。
- インボイス制度は会計業務が根本的に変わる転換点
- いきなりすべてがデジタル化されるわけではない、弥生の証憑管理サービスに込められたふたつのコンセプト
- 会計事務所の将来像は多様、自分たちの「付加価値」の確立を
事業者の業務効率化につながる法令改正を。行政への働きかけも。
-インボイス制度、そして、改正電帳法と、ふたつの大きな法令改正の実施がすぐそこに迫っています。
弥生として、製品や情報の提供を通じてこれらに対応されておられますが、「弥生がやるべきこと」をどう考え、対応を進めていますでしょうか
岡本:弥生では、「法令改正」と「デジタル化」へのふたつを軸に対応を進めています。
法令改正に対する弥生の取り組みは、ここ数年で大きく変わってきています。以前は、製品を法令改正へ対応したバージョンへとアップデートすることにフォーカスし、粛々と取り組んできていました。
しかし、近年では、仕様を法令改正に合わせるだけではなく、その仕様変更によって、事業者や会計事務所の効率的な業務が成立するのか、ということも同時に考えながら進めています。
法令改正に正面から対応したアップデートでそもそも業務が成立するのか、どういったアップデートであれば効率化も同時に実現できるのか、という視点です。
そのために行っているもののひとつとして挙げられるのは、財務省、国税庁、デジタル庁、その他関係省庁に対する働きかけです。
関係省庁へ事業者や会計事務所の意見を伝えることで、事業者側の業務効率化に適した改正へとつなげることも意識しています。
-弥生が行政への働きかけも行うようになったきっかけはあるのでしょうか?
岡本:きっかけは、平成30年(2018年)分からの年末調整制度の見直しでした。
この変更で制度が以前よりもさらに複雑になりましたが、弥生としては「製品を法令に対応した状態へとアップデートするだけで良いのか?」「ソフトを法令改正に合わせた仕様にするだけで事業者が効率的な業務を実現できるのか?」と、当社がやるべきことは何なのかを深掘って考える機会となりました。
これまでは、仕組みを考えるのは行政や政治家の役割で、事業者側は決まったことに粛々と対応し、それを実現するだけでしたが、法令の改正が積み上がり、制度の複雑化が見られる中で、それだけではダメではないか、逆にデジタルを前提として業務のあり方自体を見直せばもっとシンプルにできる、業務の効率化にもつながるということを行政側や政治側に対しても発信していく必要があると感じ、取り組むようになりました。
そして、実際にそういったことを行ってみると、実は行政側も政治側もそういった声を求めていることがわかってきました。これは我々にとっても大きな発見でもありました。
弥生としても、働きかけにより一定の成果を実現できましたが、当社の力で行政との対話を成し遂げたわけではなく、行政側も兼ねてから問題意識を持っていた中で、成果を残せたという認識です。
-行政側が法令改正において、会計ベンダーや事業者の声を以前より聞くようになっている背景は何なのでしょうか?
岡本:ひとつには、デジタル化の進展が挙げられます。以前のような会計業務が紙で行われていた際は、実務への影響も限定的でしたが、デジタル化が進行することによって、システムを介して様々なものがつながり、お互いに影響を及ぼし合う状況になりました。従前のような「こう決めたので、こうやってください」という形式では、うまくいかない時代になってきています。
もうひとつ、大きな要因としては、様々な制度の複雑化や、一部では制度疲労が起こりつつある点だと思います。
日本の法令改正は、既存の制度をできるだけ残し、そこに改正を積み上げていくことが多いため、長年の積み重ねによって複雑化や制度疲労が進んでいます。この点に行政側も問題意識を持っており、事業者側の声を聞きに来るようになったと考えています。
-行政との対話が増えることで、会計ベンダーの責任も以前より増していると思いますが、行政とのコンタクトを行う際に、弥生として意識されていることはありますか?
岡本:デジタル化の進展は良いことですが、すべての人たちが一度について行けるわけではありませんので、「理想と現実をすり合わせ、現実的な実現方法を示していく」という点は重視しています。
例えば、インボイス制度では、請求書を受け取った事業者は、仕入税額控除を得るためには、その請求書が適格請求書の要件を満たしているかどうか確認する必要があります。発行者が確かに適格事業者かどうかを確認するためには、行政の提供するWEBサイトやAPIを利用することができます。
弥生のお客様であれば、ネットにつなげて業務を行っていることがほとんどですし、弥生のソフトで提供する機能をご活用いただけますがが、すべての事業者がネットに接続される環境にいるわけではありませんし、弥生を利用されているわけではありません。
また、何らかの理由でAPIへの照会が集中した場合、国税庁側のシステムが耐えられないこともあるかもしれません。
理想的には毎回、適格事業者であるかどうかを確認するのでしょうが、実務としてどこまで求められるのか、行政とすり合わせていく必要があります。
こういった点に挙げられるように、インボイス制度では、細かい部分まで密に行政と検討していくことが必要であると考え、2020年7月に発足した弥生が代表幹事法人を務める「デジタルインボイス推進協議会/略称:EIPA(エイパ)」を通じて、かなり議論を行ってきています。
―行政へは意見を伝えるだけでなく、共に制度を作り込んでいけるということでしょうか?
岡本:おっしゃる通り、行政と民間が早い段階から意見交換をし、協力して作り込めば良いものができると考えています。
法令改正というと、行政から出てきた方針に対応しなければならないという受動的なイメージもあるかもしれませんが、インボイス制度では、行政と事業者が共に向き合うことで、業務の効率化も一緒に実現しようとしています。
電帳法の改正の際は、こういった検討ができませんでしたが、インボイス制度では、前向きな改正を行う良い機会だと捉え、行政と民間が協力してデジタルインボイスの仕組みを実現しようとしています。これは、これまでなかった取り組みであり、大きな転換点だと思っています。
インボイス制度は会計業務が根本的に変わる転換点
-今回の法令改正について、対応が大変だと感じている会計事務所様も少なくないと思います。そういった中で、会計事務所の皆様がどういった意識で今回の改正に向き合っていくと良いと思われますでしょうか?
岡本:会計事務所としても、せっかく対応するのであれば、「いかに良い方向に持っていくか」を考えて動くべきではないでしょうか。
今回の改正について、電帳法の宥恕期間が設けられた時のように「また延期になるのでは?」と、様子見の方々もおられるかと思いますが、国の意思として、確実に実行されていくものです。
また、今回の改正には、現行の消費税制度において生じているゆがみを修正していくという意義もあります。
国としても、現在の制度において生じているゆがみを、本来あるべき方向に軌道修正する良い機会であり、また、会計事務所や事業者にとって業務の効率化も実現されていく、そう考えると非常に良い機会にできるのではないでしょうか。
-現状でも、クラウド化や自動仕訳などによって、会計業務は効率化されていますが、さらに効率化があり得るということでしょうか?
岡本:はい、今回の改正と正しく向き合っていくことで、会計業務が圧倒的に効率化され得ると考えています。
そもそも、会計業務は事業活動の現況を可視化するためのものです。そのために紙の証憑を集めてきて手作業で入力をしていました。それがこの10年で、銀行やカードの明細(決済データ)を自動で取り込んで仕訳を行えるようになり、入力の負荷を下げることが可能になってきました。
ところが、現在、自動で取り込んでいる情報は「決済」の情報であって、「消費税」に関する情報を持っていません。そのため、単一税率の場合は機能しますが、複数税率になった際には自動仕訳の正確性が担保されなくなってしまいます。
例えば、「新聞購読料」となった際に、紙と電子で消費税率が違いますが、決済情報だけではそれがわからないということが生じてしまいます。
しかし、インボイス制度では、適格請求書は税も含めた取引の情報をすべて持っていますので、適格請求書に基づいて自動仕訳をすることで、最初から正しく仕訳を起こすことができます。
適格請求書という、税も含めた必要な情報をすべて持ったものをデジタルデータとして扱い、かつ、その情報を自動で取り込んでいくことで、入力作業をなくしていくことができる。会計業務が根本から変わる大きな転換点の入り口に立っていると言えるのではないでしょうか。
また、これまでの税法は紙の帳簿・書類が原則で、例外としての電子化であり、改正電帳法が必要となりました。しかし、インボイス制度では、当初から紙もデジタルも考慮されており、その点が画期的と言えます。税法としても大きな転換点だと思っています。
いきなりすべてがデジタル化されるわけではない、弥生の証憑管理サービスに込められたふたつのコンセプト
-弥生では、今回の改正に対応する「証憑管理サービス」をリリースされました。現在、ベータ版としてリリースされており、今後の法令改正に合わせて段階的に機能が追加されていくと伺っています。
この証憑管理サービスの開発を進めていくに当たって、意識されたことを教えて頂けますでしょうか?
岡本:これに関しては、2点あります。
1点目は、単なる法令改正への対応だけでなく、「事業者にメリットをもたらすサービスにすべき」ということです。
電子取引の電子保存への対応と言っても、PDFファイルを保存できますだけでは事業者の業務効率化という点ではメリットがありません。そこを満たすだけではなく、保存されたデータから会計処理に必要なデータを抜き出し、以降の会計処理にデジタルデータをつないでいくことまでやらなければ事業者の業務を効率化につながらないと考えています。
法令が求めていることだけを満たすのではなく、それがお客様の業務の効率にどうつながるのかにまでこだわり、開発を進めています。
2点目は、現実を考慮し、「オールデジタルを前提としない」ということです。
弥生としても、EIPAの活動などを通じて、デジタルインボイスを推進しており、お客様にもできるだけ最初からデジタルインボイスでの授受をお勧めしたいとは考えています。
しかし、現実問題として来年10月の段階で、インボイスがデジタルインボイスだけになるか?というと、おそらくそうではないと思います。むしろ、デジタルインボイスはマイノリティで、紙のインボイスでの対応を始める方々がマジョリティになるだろうと考えています。
様々な事情から紙を使い続ける方々がおられるでしょうし、現実問題として当面は紙が残っていく中で、紙をどう効率的に処理できるかは重要なポイントになると考えています。
弥生としてデジタルインボイスへの対応を完璧に行うことは必要ですが、すべて即座にデジタル化すべきという理想論だけではなく、現実解として段階的にデジタル化が進んでいる中で、アナログのデータをデジタルに変換する処理を提供することによって、結果的にいかに効率的に処理できるか、そういった部分にもこだわっていくという姿勢も大事にしています。
会計事務所の将来像は多様、自分たちの「付加価値」の確立を
-今回の法令改正も含め、社会がデジタル化していく中で、会計事務所のあり方も変わっていくと思います。
例えば、記帳や給与計算、年末調整といったこれまで会計事務所が生業としてきた「作業」がなくなっていくことも予想される中で、会計事務所はどういった存在になっていくと思われますでしょうか?
岡本:まず、前提として、将来における税理士としての『あり得る姿』は多様だと思います。「必ずこういった形になる」「こういった形でないと生き残れない」というものはないと思います。
ただ、ひとつ、「粛々と帳簿を付けているだけでは将来はない」ということは言えるのではないでしょうか。帳簿を作成するだけでは、差別化できず、同時に作業はどんどん自動仕訳に置き換わっていきます。
逆を言えば、今後の会計事務所は、そういった効率化、省力化によって生まれてくる時間や労力を付加価値の提供に使っていくことになります。
-会計事務所にとっては、どの付加価値に力を入れるかを見極めていく必要がでてきます。
岡本:会計事務所にとって「付加価値」の内容は様々で、多様な形があり得るのだと思います。
例えば、今回のインボイス制度においても、納品書も要件を満たせば、適格請求書となります。そうなると、納品書を適格請求書として保存することになりますので、税理士としては、お客様の業務に入り込んで、アドバイスを行い、あるべき業務を実現するための支援もできます。これも付加価値のひとつと言えるでしょう。
資金調達、事業承継など、会計事務所に求められるものは相当にあります。どの付加価値が最適かは、会計事務所によって違うのだと思います。
-最後に、会計事務所の皆様にメッセージをいただけますでしょうか。
岡本:当社では、約2年前より、会計事務所様向けに、記帳代行支援サービスを開始しています。今回の改正にはこのサービスに込めた想いとも通ずる部分もあります。
本日お話したように、理想論では、紙の資料はなくなっていくと思いますし、記帳代行という業務自体もなくなっていくでしょう。しかし、現実的には、まだまだ当面は相当量の紙が残るでしょう。ただ、その処理に時間を使っていると会計事務所自身も変わることができません。
それであれば、記帳代行を我々にアウトソースして、紙がない数年後の世界を擬似的に作っていただくことで、空いた時間で新たな付加価値を見つけていただきたいと考えたのが、記帳代行支援サービスです。
今回の改正電帳法やインボイス制度は、ただの法令改正ではなく、それによって会計業務が大きく効率化される転換点となり得るものです。
会計事務所の皆様には、これらもひとつのきっかけとして、デジタル化や効率化を進め、そこで生じた時間を活用することで、お客様に提供できるそれぞれの『付加価値』を確立していただければと思います。
後編では、会計事務所のインボイス・電帳法対応のポイントをお届けします!
→弥生に聞いた!会計事務所はインボイス制度・電帳法対応で何をすべき!?
会計事務所様向け、インボイス制度・電子帳簿保存法ガイドを公開中!
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